黒田官兵衛

【 #軍師官兵衛 】第48話 天下三分

2014/12/07

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1600年の7月に、蟄居していた石田三成さんが、江戸にもどっていた徳川家康さんの隙をついて大阪城に戻ってきました。いよいよ家康さんの征伐に動き始める模様です。

江戸では江戸で、そのことを

「三成が罠にかかりました」

という表現でご報告。家康さんも

「勝負はこれからじゃ」

と闘志満々です。

世間的に見ると情勢は、東に位置する家康さんと、西に位置する三成さんの戦い。それぞれ仲間を集めているところです。
そのずーっと西。九州では、こっそりだいさんの勢力として黒田如水さんがごにょごにょしているご様子で・・・。

豊前・中津城では、これまで倹約して蓄えてきた銭を一挙放出。武具を持っていない人には武具を与えて積極的な登用です。

「良いか。黒田に仕えたいというものは必ず雇い入れる。この如水が言っていたと、村々に広めてくれ」

如水さん、口コミマーケティングもお上手。

と、そこに銭の二重取りをしようとした男も。つかつかと寄った如水さんいわく

「二人分働けるか」

男も度胸満タンで

「おう!」

と答えますと

「励め」とだけ言って無問題です。器が大きい。これが金の使いどころということなんですね。

家老の井上九郎右衛門さんが

「このままの勢いで行けば家臣はたちまち数千になりましょう」

と言いますが如水さんは

「まだ足りぬ。百姓や町人たちを鍛え、これぞと思う者は士分(侍の身分)に取り立てよ。

この如水が起ったと、九州一円に広めるのだ!」

野心たっぷりな如水さんの言葉でオープニング。

復活

大阪城では復活した三成さんが、豊臣秀頼さん・淀の方の母子とご対面。

「そなたがいなくなってからどれほど心細い思いをしていたことか」

と淀の方。

「申し訳ありませぬ。機が熟すのを待っておりました」

「では、いよいよ・・・?」

「はい。徳川を成敗する時が来ました。これで亡き太閤殿下(豊臣秀吉さん)の大恩に報いることができまする」

「家康がこの大阪城に居る間は、毎日が苦痛であった・・・。して、お味方はいかほど集まる?」

「毛利・宇喜多・小早川・島津・小西にそれがし。10万はくだりますまい」

「あの憎たらしい古だぬきを、速やかに討ち果たしておくれ」

「かならずや」

淀の方は家康さんが大っ嫌い。その淀の方に育てられているのですから、秀頼さんも基本的には家康さんが嫌いなのでしょう。

「三成、頼んだぞ」

と秀頼さんは三成さんに声をかけます。


三成さん、最初の策は、「内府違いの条条」と呼ばれる文書の作成でした。秀吉さんの遺言を家康さんがいかに踏みにじってきたか、非を訴えることで大義が三成さん側にあることを世に示そうとしたんですね。

「内府ちかい(違い)の条条」は、13項目にわたって徳川家康の非を並べたてている文書です。

  1. 浅野長政と石田三成を追い詰めるようなことをした
  2. 前田利家の死後、息子の前田利長から人質(前田利長の母で利家の正室・まつ=大河ドラマ「利家とまつ」の「まつ」)を人質として取った
  3. 会津の上杉景勝には何の罪もないのに、会津に向けて出兵した
  4. 知行(給料・報酬的なもの)は勝手に決めてはならないルールなのに勝手している
  5. 伏見城を占拠した
  6. 五大老・五奉行以外には誓紙(契約書的な、約束の書類)を交わすことはしていけないというルールを破った
  7. 北政所を大阪城西ノ丸から追い出して家康が住んでいる
  8. 大阪城の西ノ丸に天守を作った
  9. (豊臣家が半分人質の体で大阪にとどめ置かせている)諸侍の妻子を、国元に返している
  10. 勝手に縁組をしてはいけないというルールを破っている
  11. 若い者を仙道して徒党を組ませている
  12. 五大老・五奉行が連判すべき文書に家康が単独で署名・押印をしている
  13. 石清水八幡宮の社領の検地を勝手に免除した

まあ、だいたいこんな感じです。推測ですが家康が三成に喧嘩を売るために仕掛けた内容もあるでしょうし、このような書面を出してくれたことはシメシメというところだったのかもしれませんね。

そして三成さんの策・第2弾は、増田長盛さんに向けての指示でした

「長盛殿、家康に追随した大名の妻子を大阪城中に集めよ」

完全に人質化する計画ですね。

「人質か・・・。そこまでせずとも豊臣恩顧の大名たちは我らに与するのではないか?」

「福島・細川・黒田。奴らはこの三成憎さに結束しておる。・・・くだらん・・・。

が、生ぬるい手では切り崩すことはできぬ。」

脱出

さて中津では、隠居したはずにも拘わらず、現当主の嫡男・黒田長政さんの兵力・5400よりも多くならん、という勢いで兵力が増え続けています。刀の素振りも少しずつ様になってきている新規雇の兵士たちです。

それを見ている如水さんの元に、三成さんからの書状が届きました。さて、内容は・・・。

はっ・・・と小ばかにした笑いを見せた如水さん、書状をもってきてくれた九郎右衛門さんに言います。

「味方に付けば、恩賞は望みに任せる、だそうだ」

「大殿にまでかような書状を送り付けてくるとは、必死ですな。して・・・」

「九州のうち7か国を約束すればお味方いたす、とでも書いておけ」

それより気になっているのは、大阪に残している如水さんの正室・光(てる)さんと、長政さんの正室・栄(えい)さんです。特に栄さんは家康さんの養女ということもあり、石田方に目を付けられやすいはずです。
人質になる前に何とかさせなければなりませんね。

以下に三成さんの手が及ぶ前に逃がすか。まあ大阪には如水さんの信ずる家老・栗山善助さんと母里太兵衛さんがいるので、しくじることはないでしょうけれど・・・。まあ、心配は心配。


という心配をしていたところ、大阪では三成さんが動いているわけでして。善助さんが光さん・栄さんの元にやってきます。

「お方様、たった今お達しがでました。大名の妻子はみな、大阪城に入るようにと・・・」

「やはり出ましたか」

「逃げぬようにと、奉行の者が諸大名の屋敷を取り囲んでおります。ここに来るのも間もなくかと。」

「ひとまずここを出るしかありませんね」

光さんは肝が座っています

「出ると言っても、行くあては・・・」

と心配なのは栄さんですが

「手はずは整っておる。善助。」

と善助さんにお願いをして呼び出してもらったのは太兵衛さん。太兵衛さん、武士らしくないいでたちをしています。

太兵衛さんが持ち込んだのは2つの俵。光さんと栄さんを俵に入れ「運び出す」3段だそうで。光さん・栄さんも庶民風の地味な格好をして俵に入ります。

天秤棒の両端にそれぞれの俵を吊るして持ち上げた太兵衛さん。一人50キロとしたら100キロを担ぎ上げてるんですね。これは怪力。

闇夜に紛れ近くの商人(納屋 小左衛門)の納屋らしきところまで移動完了。すこしここで様子を見るみたい。


黒田屋敷で役人が善助さんに談判。早く出せ、奥方を見せろ、などの交渉中。善助さんは首を縦に振りません。

「あくまで拒むなら、屋敷を改めさせてもらう!」

という恫喝には

「力づくで来られるのであれば、こちらにも覚悟がある。屋敷に立てこもり、一戦交えるのみ・・・」

物静かに恫喝します。戦上手で有名な黒田を敵に回して戦うとなると、三成さんもいろいろなダメージがあることでしょう。

役人が折衷案を提案します。

「奥方に気づかれぬよう、遠くからこっそり拝見するというのは」

これには善助さんも同意し、塀の向こうから梯子をかけ、屋敷内をのぞかせることにします。

屋敷の中には侍女が影武者としてスタンバイ。

役人は

「長政殿の奥方は16(才)と聞いているが、少々お年を召されているようにも見えるが・・・」

現代であれば立派なセクハラ発言です(笑)

「あっ」

と一瞬慌てた善助さんですが、

「無礼な!黒田家を愚弄するおつもりか」

と殺気立てることでうまくその場を収めました。

役人、今日は引き上げるが日限は3日。それまで屋敷をしっかりと見張らせていただく!と言い放って帰りました。


商人の納屋に訪れた太兵衛さん。石田の兵の見張りが強く、なかなか脱出の機会がないようです。船も待たせているし、町さえ抜け出せればなんの問題もないのですけれどね。港に近づくのが難しいんですね。

と、その時、外が若干騒がしくなるとともに善助さんもやってきます。

「善助、なんの騒ぎじゃ?」

光さんが訊くと善助さん

「細川の屋敷の方から火の手が上がっております。お方様、お命お預かりいたします。この騒ぎに乗じ、港に向かいまする」

チャンスは一瞬、乾坤一擲ですね。

細川忠興という武将がいて、昔総理大臣で2014年はじめの東京都知事選に立候補していた細川護熙さんのご先祖なんですが、その奥さんに「玉」という人がおりました。織田信長を討った明智光秀の娘でキリスト教の洗礼を受け

「細川ガラシャ」

の名前で有名です。絶世の美女だったそうな。

で、ガラシャは石田の手に捕まる(そして人質になり、徳川についた夫の足手まといになる)なら死んだ方がまし、と屋敷に火をつけ自害したらしいんですよね。

キリスト教では自殺は重罪なので、おそらく相互に刺し合う・誰かに火をつけてもらって焼け死ぬ、などの選択肢を取ったのでしょう。世には分かりやすく自害・自殺と書かれてますけれどね。

大八車に大荷物を積んで、騒ぎの中港へ向かう善助さんと太兵衛さん。やっぱり三成さんの配下の者に見つかってしまうのですが、荷物を検めようとした配下に対して

「船に荷が間に合わなかったらどうしてくれる!」

と太兵衛さんが切れて槍を振り回します。ビタッと配下の鼻っ面に槍の穂先を突き付けて見せた太兵衛さん、力づくで突破したみたいですね。


そんなこんなで中津に移れた光さん・栄さん。栄さんは長政さんと結婚後、初めての地元・中津入りです。

「みなよく無事に戻ってきた」

と如水さんが労います。

「善助や太兵衛が、機転を利かせてくれたおかげでございます」

光さんも二人をほめます。

「善助、太兵衛、よくやった。これでわしも長政も、後顧の憂いなく戦える」

そして、栄さんは初めて舅の如水さんにご挨拶。

「わしが舅の如水じゃ」

というと栄さんは

「巷で言われている悪い噂のごとく、大変怖い方と思っていました」

と笑顔。乳飲み子の生き血をすするほどの噂が流れていたそうです。

「お父上はそのようなことをなさる方ではございませぬ」

と安心する栄さんに凄みを聞かせて分かりませぬぞ、と脅して見せたのは善助さん。ま、冗談なのですが、父娘が揃って楽しいひと時になりましたね。

徳川vs石田

大阪城では、三成さんの軍の総大将として毛利輝元さんが秀頼さんに拝謁です。京・大阪にいる東軍への攻撃を始めたそうです。

「徳川家康をしかと成敗してごらんにいれまする」

と宣言する輝元さんに

「毛利どの、万事頼むぞ」

「ありがたき幸せ」


家康さんは会津の上杉征伐のため、下野(栃木県のあたり)まで兵を進めていました。同行している長政さん。陣中会議の中で家康さんからのお達しがあったようで、翌日に小山で軍議が開かれることになったとのこと。その先立ち、家康さんが長政さんに会いたいという連絡があったようです。

「すぐに参る・・・いや、所用があるゆえ後程必ず参上する」

とお返事しました。その所要ってなんでしょう?

そののち、家康さんの元を訪れた長政さん。遅れた理由を説明します。

「福島正則どのの陣に寄って参りました」

「何故また?」

と家康さんの家老に聞かれます。その真意を答えます。

「福島殿は大の三成嫌いとはいえ豊臣の縁者。此度は三成どもは秀頼君を奉じております。それゆえ、福島殿の動きが気になっておりました・・・。心変わりするのではないかと」

説得のシーンが回想っぽく流れます。

「決して豊臣家に弓を引くわけではありません。秀頼君をお守りするためでございます」

と正則さんに説得する長政さん。正則さんは理解してくれたようで、

「ずいぶん迷っておられましたが、もはや心変わりはありません」

ここまで話したところで家康さんを始め徳川の家老たちがはははは・・・と笑い始めます

おい、なんだよ。何がおかしいんだよ。

そんな困惑した表情を見せる長政さんですが、家老の一人・榊原康正さんが

「じつは、黒田さまをおよびしたのは、まさにそのことをお頼みしたかったからでござる」

同じく家老の井伊直政さんも

「福島様が気になっておりました。福島さまと付き合いの古い黒田さまなら、説き伏せてくださるものと思っておりました。」

家康さんも

「婿殿、ようやってくれた・・・。さすがは如水どののせがれ。知略は親譲りか」

と褒めます。

「ありがたきお言葉」

「後々も頼みにしておるぞ」

と、家康さんが長政さんの方をぽんと叩きます。


その翌日。下野・小山での家康軍の軍議にて。家康に従ってきている他家の武将も参加しています。

「大阪で、石田三成が挙兵しました。昨年、奉行を追われた(蟄居させられていた件)遺恨を晴らさんと謀反を起こしたもの。敵には毛利・宇喜多の大老二人が同心しております」

まずは直政さんからのご報告。続いて家康さんが

「此度の一見、三成一派の陰謀であること明白。されど、敵は秀頼君の御為と称しておる。また、諸将の妻子が人質とされておる」

少しざわつく武将たち。

「遠慮はいり申さぬ。三成に与したいと思われる方は、これより速やかに陣をはらい大阪に戻るが良い。決して留め立てはいたさん」

ざわつく諸将ですが、正則さんが立ち上がります。

「何を申されるか!今更三成に味方するなどあり得ぬ!秀頼君への忠義には一点の曇りもござらぬ。この福島正則、身命を惜しまず内府様にお味方いたす所存!」

そこに同調する長政さん。

「それがしも同様にござる!三成殿は秀頼君の名を方便に使っておる汚き男じゃ!妻子を人質に取るなど卑怯千万!断じて許してはならぬ!

天下のため、三成とその一派を倒すのみ!」

そうじゃそうじゃ!と盛り上がる諸将たち。家康さんから見たら、自分がどれだけ言っても政争としか見られないけれど、「豊臣恩顧の武将」である長政さん、福島さんが強い発言をすることで説得力が増すんですね。

家康さん、ゆっくりと立ち上がり

「ならば、このまま西へ取って返し、逆賊・石田三成を討ち果たす!依存はござらんな!」

諸将の「おう!」という掛け声で、ついに徳川vs石田の戦いが明らかになってきました。

関ヶ原の戦いは、少なくとも名目上は豊臣軍vs徳川軍ではありませんでした。豊臣家の中の「石田派」と「徳川派」の戦いであり、「勝った方が豊臣家を支えていく」という認識を豊臣恩顧の武将は持っていたはずです。もちろん、徳川家康などは天下に対する野望があるでしょうけれど、それでは味方が付かないことは明白です。

このあたりの初心者向けのお話を
関ヶ原の戦いは徳川軍vs豊臣軍ではない  #軍師官兵衛 |
で書いておりますのでご一読ください。

大阪城

家康に従って上杉征伐に向かっていた諸将がそのまま「家康軍」として戻ってくるんだそうで。その報告を毛利輝元さんのところの外交僧・安国寺恵瓊さんが三成さんらに行います。

「人質を取ったことが裏目になったか」

と残念がる増田長盛さんですが

「大阪より西はほぼ味方になった」

と状況を説明する三成さんはそれなりに自信がありそう。

「気がかりなことがある・・・黒田如水じゃ」

と如水さんの名前をだすのは恵瓊さん。

本来なら黒田家の兵は、当主の長政さんが引き連れているので、如水さんには戦う資源がないはずなんですよね。

そのことを話した西軍(石田軍)のキーパーソン・小西行長さんですが

「いやそれが、如水を慕って百人・町人が集まり、1万近くにもなっているらしい。放ってはおけん!」

三成さんがはははと笑い

「なんという男だ。・・・だが、手は考えておる」

と如水さんへの手当ても忘れていません。戦闘・戦術以外は良くできる人ですよね、三成さん。

その手とは・・・

大友吉統(おおとも よしむね)。

かつて豊後を有していた武将です。

「本領を召し上げられたそれがしに、再び豊後をお与えいただけるとのお約束。しつこいようですが、間違いござらぬな」

「相違ない」

と答えるのは毛利輝元さん。軍資金と武具までくれるそうで。

「黒田如水を倒した暁には、豊後はおぬしのもの」

三成さんが駄目押しします。

「豊後に400年続くわが大友の旗を掲げれば、たちまち数千もの兵があつまりましょう。如水どのには気の毒ですが、大友再興のため、滅んでもらおう」


大坂でそんな話がされていても如水さんは落ち着いたもの

「上善は水のごとし

水は善く万物を利して争わず

衆人の悪む(にくむ)ところにおる

故に道に畿し」

と老子の言葉を諳んじています。そういえば上善水如っていう日本酒ありますね。

善助さん・九郎右衛門さん・太兵衛さんを呼び出した如水さん、ついに三人に天下取りの策を説明します。

「こたびは大戦。決着するまでしばらく時を要するだろう。そこがねらい目じゃ。徳川と三成が争っている間に、我らは力を蓄える。

まずは九州。ここは・・・」

と、ここで太兵衛さんが言葉を継ぎます。説明を受けてる側のはずなのに

「ここは三成の味方ばかり。これらをことごとくと平らげ、九州一円を黒田のものとする」

善助さんが続けます

「さすれば味方はますます膨れ上がり今の数倍にはなろう。その兵を率いて、一気に中国へ攻め上る!」

そして九郎右衛門さん

「毛利は大阪に出兵し領国はがら空き。さらに兵を進めれば、我らが故郷・播磨」

太兵衛さんがまた。

「そこまで兵を進めれば我らの兵はさらに大きくなりましょう。その数、およそ10万」

善助さんがハンドアクションを交えながら締めます

「そこで最後の大勝負。家康・三成、勝ち残り疲弊しきる者へ決戦を挑む!・・・これが、大殿の策っ!」

兵糧の心配もない、という太兵衛さんに、物見を付けているため地侍の動向などもすべて把握しております、と準備万端さを報告する九郎右衛門さんに如水さんはこれ以上なくうれしそうです。

「こたび、我らを手元に留め置いたのは、大殿の天下取りのため」

と九郎右衛門さんが言えば

「われらは30年以上の長きにわたり大殿に仕え、見続けて参ったのです」

と善助さん。

「大殿の考えなど、寝ていても分かりまする」

って言った太兵衛さんはちょっと勇み足ですね。笑いが出ます。

如水さん、ここで3人に深いお辞儀をします。

「わしは善き宝に恵まれた。善助、九郎右衛門、太兵衛。得難き宝が三つもじゃ。お主たちのおかげで、ここまで生きながらえ、軍師として重用されることができた。わしはお主たちとともに、天下を狙う!」

ここで全員の目に涙が。

「黒田の礎となったお主たちが天下の礎となり得るかどうか、見てみたい。そして、天下というの器がわしにふさわしいのかどうか、試してみたい・・・」

いいシーンだなあ。クライマックスにつながる感動のシーンだなあ。人を大切にすることって、本当に素敵。

「われら大殿の天下、見とうございます!」

「やりましょうぞ!大殿の天下取り!」

善助さん・太兵衛さんは気合を入れますが、冷静な役割の九郎右衛門さんは

「して、黒田勢は徳川どのについておりますがいかがなさるおつもりで?」

如水さんは

「わしらは老兵じゃ。したたかに動くまで。長政たちはわしらに従わざるを得なくなる。それに、わしは長政を信じておる」

キーマン

関ヶ原の戦いのあるいみ立役者、小早川秀秋さんの登場。訪れたのは京都で静かな生活を送っている北政所さんのもとでした。

もう、自分じゃどうしていいかわからないみたい。

やれやれ、といった北政所さん

「相変わらず煮え切らぬ男じゃのう。秀秋・・・おまえはどちらにつきたいのです?」

「それは、勝つ方に・・・」

いや、そういう答えを求めているんじゃなくってさぁ・・・。

「はっきりなさい!領主たるもの、こうと決めた道をまっすぐ進むのじゃ!そうでなければ家臣は従わぬ」

「それはわかっておりますが、私には荷が重すぎます」

応えてる秀秋さんをじっと見つめる、小早川家の家老・平岡頼勝さんの目が冷たい。

「伯母上、いかがすればよろしいでしょう・・・」

「ふぅ・・・。私が最も信頼している者に書状を出します。その者に相談なさい。ただし、最後に決めるは、お前ですよ・・・ですよ!」

本当に最後に決めちゃうんだよな、この人。


西に向かって進む長政さんの軍に一通の手紙が。どうやら北政所さんが長政さんに向けて書いた手紙のようでした。

「小早川秀秋殿が、わしに相談があると」

長政さん、ニヤリ。

こちらに寝返りたいのであろう、ということですね。

「天がこのわしに味方しておるぞ!」

福島正則の離反を未然に防ぎ、小早川秀秋の寝返りを主導できるのであれば、徳川家康への貢献はただならぬものがあります。

江戸に戻っていた家康さんのところには美濃の井伊直政さんからの報告を受けます。離反した武将は居ないようで、いよいよ家康さんが三成さん叩きのために出陣する模様!


如水さんの屋敷でも、黒田家と戦おうとしている大友家の情報が続々と入ってきます。

大阪から移動しようとする大友家を、支度が整う前に叩き潰そうと計画するじょすいさんがニヤリと笑ったところで今週は終了。

関ヶ原の戦いを目前に、如水さんは初めて解き放たれているんですね。わくわくが止まらないのでしょう。

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