黒田官兵衛

【 #軍師官兵衛 】第41話 股肱の臣

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関東は小田原の北条家に降伏の説得をする黒田官兵衛さんの功あって小田原城は開城したものの、豊臣秀吉さんはその約束を反故にして北条家の当主・氏政さんを切腹させる沙汰を下しました。

天下を取ってからの豊臣秀吉さんはどうもお人が変わってしまったようでございますね。

そして、小田原攻めに参戦していた徳川家に、領地替えの連絡が早くも入っています。

これまで駿府(静岡県・静岡のあたり)が本拠だった徳川家を、伊豆・小田原の方。100キロほど東にシフトさせたのですね。
徳川家では「石田三成の考えそうなこと」と秀吉さんの家臣・石田三成さんを目の敵にしたことを語らっています。

そんな徳川家の元に、官兵衛さんがやってまいりました。

「徳川さま 関東にお移りになられるとお聞きし、ご挨拶に伺いました」

徳川家康さんは北条家を説き伏せた官兵衛さんを労います。

官兵衛さんはそのことは触れず、家康さんと秀吉さんの国替えの決定について話します。

「殿下が天下を私(わたくし)するなら、それをお諫めするのが某の役目」

官兵衛さんが言います。そのうえで平服し

「こたびの国替え、天下のためになるかは徳川さま次第!」

家康さん

「天下のため、関東で力を養っておくとしよう」

ついで

「黒田殿、殿下の手綱を頼みますぞ」

とお願いをして、少し眺めのオープニングが終了です。

諌める

北条攻めを終えて京都に戻ってきた秀吉さんは明(中国)の制服を野望としていました

東北の制圧はどうしたのかということが一切語られていませんね。小田原の北条家を秀吉が攻めたときに、東北にも通知を出しています。ここで参陣しない大名家は敵とみなすよ、という感じ。このタイミングで多くの大名家が豊臣家に臣従しました。仙台の伊達政宗が死装束で謁見したのは有名な話ですね。

御祝の言葉を述べる秀吉さんの正室・おねさんは、人払いの上でひでよしさんにお願いごとです。完全に夫婦二人での話にしたい・・・と思いきや、杖をついた男が入っていました。そう、官兵衛さんです。

「今宵は官兵衛殿を交えて一献酌み交わしたいと考えておりまする」

まあ、秀吉さんからしてみれば何かの説教であろうことは想像もつきますよね。


「竹中半兵衛さまも待ち望んでおりました」

という天下泰平。半兵衛さんが亡くなってから11年。

「秀吉さま 天下を・・・」

と言ってなくなった竹中半兵衛さんの回想シーンも出てきました。

秀吉さんは、北条家でのことを官兵衛さんに詫びます。

ドラマの中で、当初、秀吉は官兵衛の提言を受け入れて、北条家には本領安堵を約束し、開城を促させました。その使者に立ったのが官兵衛でした。

官兵衛は秀吉の「本領安堵」の言葉を北条に伝えて説得し開城させたのですが、開城後に秀吉は翻意、北条家の当主・氏政を切腹、嫡男の氏直を高野山へ追放したんですね。

そのことを謝罪しています。

官兵衛さん

「それがしは軍師、己が面目などどうでも良いことでございます。されど、殿下・・・」

改めて平服し直し、官兵衛さんが続けます。

「殿下が下される命令だけは、天下万民が得心する者でなければなりません。今ようやく我らが待ち望んだ世が来たのです。今は天下の静謐を心がけ、国の力を養うべきかと存じます。」

秀吉さん、ちょっとむっとした表情で

「明のことを申しておるのか」

官兵衛さんは肯定し

「天下が一つに収まったばかりだというのに、海を渡って他国を攻めるのは無謀。半兵衛どのが生きておられたら同じことを申したはず。」

ここまではふつうの諫言なのですが、次の一言を聞いて秀吉さんの表情が一変します。

「淀の方様へのご寵愛が過ぎ、家中に不要な諍いの種を植え付けるのも感心いたしませぬ。このままではいずれ家中は二つに割れ、鶴松さまのためにも・・・」

はい、秀吉さんここで爆発

「だまれ!半兵衛のことをダシに使い、このわしに意見する気か!」

「耳の痛くなることを申す者が要らんということであれば、某はもはや殿下の軍師はつとまりませぬ!」

「たわけたことを申すな!貴様がこのわしの軍師になるかならないかは、このわしが決めることじゃ!」

そう言って秀吉さん、去ってしまいます。まあ案の定の結果ではありますね。

その時、秀吉さんの弟で豊臣家の良心とも言える豊臣秀長さんは病の床にありました。生気がありません。その場には千利休さんもいます。

官兵衛さんの諫言の報告を受けた秀長さん、豊臣家の行く末が気にかかって死ぬに死にきれない状態です。

「官兵衛、わしも命あるうちは兄者を諌めてまいる。しかしいつまでもというわけにはいかぬ。

官兵衛、利休。兄者を正せるのはおぬしたちのほかにおらん。頼む・・・・」

死相が浮かんでいますが死にきれない秀長さんです。


そんな苦悩はつゆ知らず、キャッキャしているのは秀吉さんの嫡男・鶴松さん。実母の淀の方が預けていたおねさんから鶴松さんを引き取ります。もろもろ嫌味を放ちながら。

謁見

朝鮮の使者の謁見を大阪城で行う秀吉さん。

明の国を攻めたい秀吉は、明への道案内として朝鮮の国を利用したいと考えていました。朝鮮の国は日本にすでに服属しているのではないか、くらいの感覚でいました。

そのための交渉の担当が九州に本拠地を与えた小西行長です。

ところがこの時の挑戦は、日本への服従など全く頭にはありません。豊臣秀吉と朝鮮の間に挟まれている小西行長が実はとても困っている、というのがこのシーンの状況です。

朝鮮からの使者からの挨拶を受ける秀吉さん。ご機嫌な表情で鶴松を抱きながら「遠路はるばる大義!」と言ってしまう秀吉さん。

秀吉さんは鶴松さんに話しかけます。

「鶴松、この者たちは遠路はるばる忠誠を誓うためにやって参った」

この言葉を聞いた小西行長さん、顔が真っ青です。
通訳の人もこれを訳すことができません。

継いで秀吉さん

「各々がた、道案内を頼みまするぞ」

と秀吉さんの理屈で依頼します。がこれも通訳さんは訳せず。とりあえずもてなしを命じられた行長さんは平伏するしかありません。

ゆるりとなされよ!といってそそくさと去ってしまった秀吉さん、ようやく「ゆるりとなされよ」だけ通訳された模様ですが、秀吉さんの態度が失礼に映っている朝鮮の使者の人たちはおかんむりです。

青ざめて平伏している行長さんの事情を知らない三成さんは「いかがした?」と聞きますがお返事できません。


日本と朝鮮の間に齟齬があることを行長さんが告げて助けを求めたのは、官兵衛さんと利休さんです。

服属の意を示すために来たと申し上げましたがそれは偽り。朝鮮国王は殿下に従う気など毛頭ない。天下統一の祝いを述べるために使いをよこしただけである、ということですね。

つまり、明を攻めるために兵を出したとすれば、まず日本軍と朝鮮軍が戦闘してしまう、ということになってしまうんですね。

「何故そのような偽りを・・・?」

と聞いたのは利休さん。

「穏便に済まそうと存じましたが、いよいよ出兵となれば某の嘘が露見いたしまする」

もう、嘘をついた理由も語れない行長さん。

「正直に申し上げれば、某の首が飛びます! なにとぞ、お助け出され!」

利休さんと官兵衛さん、これは大問題を打ち明けられましたね。

竹中半兵衛さんの遺品の軍配を見ながら半兵衛さんの言葉を思い出し、御政道を正すのは今しかありません、という利休さんの言葉を思い出した官兵衛さん。利休さんとともに、秀吉さんへの諫言タイムが始まります。場所は黄金の茶室。

「また官兵衛か・・・」

「本日はお耳の痛い話、じっくりと聞いていただきとうございまする」

「官兵衛・・・良いか・・・」

とにじり寄ったところで、お茶を点てていた利休さん、秀吉さんにお茶を一杯進めます。その茶碗、ひびが入っているのを修復したいわくつきのもののようです・・・。

官兵衛さんと会話しようとした秀吉さんですが、その茶碗を見て利休さんに話しかけます。

「利休・・・。なんじゃこの茶碗は」

「小田原にて殿下のお怒りを買い、なぶり殺しにされたわが弟子・山上宗二(やまのうえ そうじ)愛用の茶碗でございます」

ここで宗二に怒りをぶつける秀吉さんの回想シーンが入ります。

「宗二は、関白たるこのわしに背きおった。それを今更ぶり返すか!」

「そうではございません」

利休さんは否定します。

「殿下を、お諫めするためでございます」

官兵衛さん「利休どの・・・(それ自分が言うことだよ)」

「近頃の殿下の目は曇っておられるようで、物事の良しあしが見えておられませぬ。明の征服など、無謀にござりまする」

これを言わせているのは官兵衛さんだろうと思った秀吉さんは官兵衛さんをにらみますが、利休さんが続けます。

「殿下、ご存じか? 朝鮮は、殿下に従うきなど毛頭ございません。」

そのことを知らなかった秀吉さんは「なに?」と驚きます。知らぬは秀吉ばかりなり。

「先だっての使者は、天下統一の祝いを述べに来ただけで、明への道案内などするはずがございません。朝鮮に兵を送ればそのばで戦になるだけでございます。何卒お考え直しください」

秀吉さんも切れますが

「この上、国を挙げての無用な戦をすれば、人心は離れるばかり、豊臣の行く末も危のうございます」

「朝鮮がこのわしに従わぬじゃと、たわけたことを申すな!」

「まことにございまする!」

ここまで千利休は、小西行長の名前を一度も出しませんでした。ちゃんと彼の悩みを聞いてあげ、自分が体を張って秀吉を諌めたのですね・・・。利休、男ですよ

秀吉さんは怒り頂点に達して去ってしまいます。自分が諌めるはずだったのになあ、という感じの想いもある官兵衛さん、利休さんをじっと見つめます。

讒言

「近頃の千利休どのの悪いうわさが絶えませぬ。」

三成さん、得意の告げ口的なアレを。

「茶人の癖に政治に口を出す」
「殿下の威光を傘にやりたい放題」
「茶道具に法外な根を漬け、ガラクタ同然のものも利休どのが良いと言えば高値で売れる」
「利休どのの手にかかれば、竹を切っただけの花入れを世の数寄者が争うようにして手に入れる始末」

そしてかいしんのいちげき。

「殿下、大徳寺の山門に、利休どのの像が掛かっていること、ご存じでございますか」
「大徳寺を訪れるものは、たとえ殿下であっても、利休どのの足の下をくぐらなければなりませぬ!」

秀吉さん、何かがぷっつーんと切れてしまいました。三成さんはシメシメですねえ。


天正19年(1591年)1月22日、豊臣秀長さん、ついに亡くなってしまいました。これで豊臣家の「良心」は官兵衛さん・利休さんしかいなくなってしまいましたね。

そして、その利休さんへ三成さんが「殿下の仰せ」を通達しに行きました。

堺の屋敷で蟄居しなさいという殿下のご命令、だそうで

また、

「今までの傲慢を改めてお詫びするということであれば某が取次ぎますぞ」

と告げます。もしこれを利休さんが受ければ、利休さんは三成さんに従い続けることになってしまいますね。

でも利休さんは己を曲げません。

「石田さま。あなたは何のために働いていらっしゃる?」

「むろん、殿下のため、豊臣家のためにござる」

「豊臣家のために天下があるにあらず、天下のために豊臣家がある。」

三成さん、わかったようなわからないような表情をしています。


蟄居した利休さんの屋敷を訪れた官兵衛さん。ばれたら秀吉さんに怒られそうなものですが。

「本日は北政所様(おねさん)の使者として参上つかまつりました。政所様はご自分が仲立ちすると仰せです。利休どのが頭を下げさえすれば必ずお許しを得られるでしょう」

それには応えず利休さん

「黒田さま、せっかくお越しなゆえ、茶の道の根本をご指南いたしましょう」

おお、天下随一の茶人から、茶道の根本を教えていただけるとは!

・茶を挽くときは、静かに油断なく、滞らぬよう。
・茶道具はたびたび洗っておく。茶道具も人の心と同様、汚れが付きやすい
・茶の湯をひと酌、汲み取った後は水をひと酌、汲み取っておくこと。決して使い捨て、飲み捨てにしてはならない

これきっと、茶の湯のことでありながら天下の御政道について語っているんですよね。

一服頂いた官兵衛さん、

「詫びぬおつもりか」

「某も齢70.この世にやりつくしたことはございませぬ。もしこの先、明や朝鮮に向けて兵を出すことになれば、黒田さまのお力が無ければなりませぬ。某は殿下に苦言を呈することはできますが戦では何の役にも立ちませぬ。」

それが先だって秀吉へ、利休さんが諫言した理由だったんですね。

「黒田さま。あとの事はお頼み申します」

利休さん、深々と頭を下げます。死を決意した男の顔でした。


千利休は切腹を命じられました。刻限を告げに来た秀吉の家臣にお茶を振舞う利休さんは最後まで泰然自若です。利休さんの死を聞いた秀吉さん「素直に誤れば許してやったものを・・・。維持を通したか」

三成さんから、切腹を告げる使者にお茶を提供したことを聞くと「最後まで人を食った真似をしおって」と、憐れみもどこかに飛んで行ってしまった様子。三成さんに、利休さんの首を晒し首にすることを支持します。

三成さんがライバルを次々に退けるのに成功している感じがありますね。

かくして豊臣家、秀吉さんの暴走を止められる人は実質的にいなくなり、諫言できる官兵衛さんがわずかに残るのみとなってしまいましたよ。実質的に組織としての豊臣家はこれで終わってしまった感じがあります。

跡継ぎの死

秀吉さんの希望の種。嫡子の鶴松さんですが、齢3歳にして重い病にかかってしまいました。日本中の医者や祈祷師を総動員している秀吉さんですが、鶴松さんの様態は回復しません。そして、祈りの甲斐もなく、鶴松さん、お亡くなりになりました・・・。

涙にくれる淀の方。
髷を落としてヤツれ・悲嘆にくれる秀吉さん。


ここで今週初めて、官兵衛さんの奥さん・光さんが登場です。官兵衛さんと話をしています。

「殿下がこうも変わられたのは、何ごとも鶴松さまのためとお考えになられた故。その鶴松さまがこれほど早くお亡くなりになられるというのは因果なことじゃ・・・」


そして秀吉さんのところに励ましに行く官兵衛さん。

「お食事も摂られないままですと、殿下までもが病になってしまいます。せめてお食事を」

「利休に腹を切らせた罰があたったのじゃ。利休を死なせるべきではなかった・・・。わしが間違っておった。鶴松は、このわしのせいで死んだのじゃ・・・。わしにはもう何もない。望みもすべて消えてしもうた」

「しっかりなさいませ。殿下までもが倒れられたら、天下はいかが相成りましょう!」

官兵衛さん必死の励ましです。

涙も鼻水も流しながらうめく秀吉さん、ほどなくして家臣一同を広間に呼び寄せました。家臣はみな、秀吉さんにならって髷を落としています。

「皆のもの、表をあげよ」

と妙に力がみなぎっている秀吉さん。

「さっそくだが官兵衛、肥前のよきところに城を建てよ。このわしが住む城じゃ。そして朝鮮に渡る支度をいたす。築城は官兵衛・清正の九州勢でやれい」

鶴松さんの死で秀吉さん、ついに禁断の決断をしてしまいます。

「殿下、無謀!無謀!!無謀!!!」

官兵衛さん諫言しますが「もう待ってはおれぬ。従わねば滅ぼすのみ!」と相手にしない秀吉さん。

三成さんに、何十万という兵が海を渡り、兵糧も運ぶための船を作らせます。そして宣言。

「もはやこのわしには、このこと(明の制圧)しかのぞみはない!」

あーあ・・・。日本史に残る無益な戦が、ここで決まってしまいました。

中津

それでもご命令ですからね。官兵衛さんは城を築くために中津に戻りました。

築城するのは、肥前・名護屋です。壱岐・対馬・朝鮮へ絶好の地になるところです。

「わしらが見放せば、殿下は糸の切れた凧。どこへ行ってしまうかわからぬ・・・。黒田が支えねば、豊臣は・・・、いやこの国が滅びてしまう・・・」

すでに日本を支える立場になっていた官兵衛さんをはじめとする黒田家。無益な戦を目前にして、今週は終了です。

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