黒田官兵衛

【 #軍師官兵衛 】第43話 如水

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朝鮮への出兵時に
「なぜ無断で帰ってきた!?」
と豊臣秀吉さんに叱責された黒田官兵衛さん、これは石田三成さんの策略によるものなのですが、もはやどうにもならず・・・・。

奥さんの光(てる)さんのところにもその書状が、また、朝鮮の黒田軍の幹部にも、官兵衛さん蟄居の沙汰の報が伝わります。

官兵衛さん、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていた、というところでオープニングです。

奸計

肥前・名護屋城で徳川家康さんと談笑している秀吉さん。
家康さんの秀吉ヨイショは巧です。秀吉さんの瓜売りは商人なみ、家康さんはアジカ売り褒められたりして。

「ところで・・・殿下」

家康さんが黒田官兵衛の処遇についてお尋ねします。秀吉さん表情が曇り、「ワシの命に背いた。その罪は重い・・・」とぼそり。

家康さん「では、切腹・・・?あの知恵は惜しゅうございますなあ。」

「あやつは知恵がありすぎたんじゃ」

秀吉さんは言います。

「それで、己の首を絞めたんじゃ」


秀吉さんの正室・北政所さんに事情を聴いているのは光さん。

「お怒りを鎮めるよう何度も書状を出しているのですが・・・」

上手くいってない様子を語るのが北政所さん。しかし、ここで次の言ってを思い浮かべます。

それは誰かなー・・・と思って次の場面を見ると、おなかの赤ちゃんに栄養を与えるべく美味しいものを食べまくってる淀の方でした。

北政所さん、政敵(?)の淀の方に嘆願をお願いするつもりなのかな?

確かに、淀の方と官兵衛さん、直接対立しているわけじゃないですからねえ・・・。

その淀の方のところに不意打ちで北政所さんが現れ、協力を依頼しました。


朝鮮から黒田家幹部の栗山善助さんが急きょ中津に戻ってきました。

「何故このようなことに・・・?朝鮮のみなは案じております」

「石田三成の罠にかかった・・・」

と官兵衛さん

「卑劣な・・・。これほど豊臣家のために尽くされてきた大殿を・・・っ!」

「三成がどのような策を弄したとしても、殿下がお取り上げにならなければ良いだけのこと」

うーん、官兵衛さんのこのセリフ、冷静に聞こえるけれど秀吉批判でもありますね。要は目が曇ってるって言っちゃってるんですから。

「されど、今の太閤殿下はかつての羽柴秀吉様とは違います!これではまるで利休さまの時と同じではありませんか!」

善助さん、秀吉さんの劣化をズバリ。

「大殿、このまま黙って死ぬおつもりではありますまいな・・・」

秀頼、誕生

妊娠中の淀の方が第2子を産みました。のちに大阪の陣で淀の方と供に生涯を終える、豊臣秀頼です。先に生まれて早世した「捨(すて)」という名前の反対の意味で「拾(ひろい)」と、まずは名づけました。

秀頼さん誕生をきっかけに肥前にいた秀吉さんは「わしは大阪に戻る」と三成さんに言います。

「まだ、朝鮮に兵がおりまするが・・・」

という三成さんに対して

「それは、おぬしらに任せる。わしは拾の顔を見に行きたいのじゃ」

と「職場放棄」しちゃう秀吉さん。

ここで「はっ」と単に認めちゃうのが三成さんらしいというか。

次いで三成さん

「殿下、黒田殿の仕置きが残っておりまするが・・・」

「明日、登城させよ」

さあて、黒田官兵衛どうなるのか。今週で「軍師官兵衛、完!」となってしまうのか・・・。


蟄居先で考え事をしている官兵衛さん。秀吉さんから翌日登城せよという使者が届いたことを聞きます。

「善助、わしは間違ったことをしたとは思っておらぬ」

「はい、大殿は無謀な戦を止めようとしただけ。決して間違ってはおりませぬ!」

「わが命尽きるか永らえるか、すべては明日決まる」

意地を張り通して死んだ千利休さんがいますからね。官兵衛さんがどのような態度をとるかが注目です。

如水

「黒田官兵衛にございます」。

秀吉の間に入る官兵衛さん。当然、脇には三成さんも。
入るなり秀吉さんが少しぎょっとします。三成さんも驚いたご様子。

はははは、と笑う秀吉さん。官兵衛さん、丸坊主になってしまっていました。

次いで

「官兵衛、何の真似じゃ」

「この黒田官兵衛、本日をもって、名を如水円清と号しとう存じまする」

この後如水円清の号について官兵衛さんは説明します。

「身ハ褒貶毀誉ノ間ニ在リト雖モ心ハ水ノ如ク清シ」

如水、の号には複数の説があるみたい。

ドラマで言ってるのは「身ハ褒貶毀誉ノ間ニ在リト雖モ心ハ水ノ如ク清シ」という古語に基づいた言葉。

「水ハ方円ノ器ニ随フ」という古語もありますし、水の泡のようにこれまでの功績が消え失せてしまったという皮肉が入ってたという説もあります。

まあどれが本当かはそうわかるものじゃないでしょうが、一番最後の「水の泡~~」っていうのが人間味があって好きだなあ。

「人にどう思われようと、心は澄み切った水のように静かである」

と解いてみせる秀吉さん。これを官兵衛さんの決意と取るか皮肉と取るか。

「たわけたことを。それで、身の潔白を訴えたつもりか?」

「それがし、じっくりと考え申した。間違ったことを致したであろうかと・・・」

「お主は、このわしの許しを得ず、勝手に帰ってきたではないか」

「それにつきましては、もはや言い逃れはいたしませぬ。」

官兵衛さんがこのセリフを言った瞬間は秀吉さんの方向を向いていません。三成さんの方をじっと見つめていました。

秀吉さんに目を戻し

「されどはばかりながら、これまでの己の武功を考えましても、死に値するものとは思えませぬ」

「何を身勝手な・・・」

こういったのは三成さん。

うん、この一言に、このドラマ中の石田三成の思い上がりが描かれていますね。もはや秀吉の権力は自分の権力とでも言いたげな勢いです。それについて秀吉は何も感じなくなっているのも衰えを見せていますね

しかしここからが官兵衛さんの本領発揮です。

「利休どのも己は間違ったことはしておらんとお考えであったが故、意地を通して腹を召されました。それがしも、意地を貫くべきかとも、考え申した。

されど、意地のために命を捨てるなど、それがしの性には合いませぬ。

何としてでも生き残る!意気地がないと言われようとも、這いつくばって詫びを入れてでも生き残る。・・・その方が、それがしにふさわしゅうございます。」

ここで官兵衛さん、頭を下げ始め、

「それがし、まだ死ぬわけには参りませぬ。この命、お救い願いたい!」

平伏しました。

三成さんが、どうするよ・・・といった顔で「殿下・・・」と秀吉さんにコメントを求めます。

官兵衛さんが続けます。

「この如水という名前はもう一つ意味があります。

『水ハ方円ノ器ニ随フ』

器の形に合わせて、水はいかようにも形を変えまする」

「水にどのような形を与えるか、役に立つも立たぬも、器たるこの秀吉次第ということか」

官兵衛さん、平伏して詫びを入れながらもギリギリ意地を通していますね。最終防衛線での攻防です。

「人は生かしてこそ、使い道があるのでございまする」

秀吉さん、考えます。三成さんは感情のない表情。

頭を下げた官兵衛さんの坊主頭が秀吉さんの方を向いています。それを見て

「よう光っておる・・・。人を喰った男よ。

実はな、官兵衛、お主の除名を願う書状が山ほど届いておる。」

そういう秀吉さんの手元には何十通もの嘆願書が。

「(加藤)清正と(福島)正則はもとより、小早川隆景から、早く官兵衛を許して朝鮮を戻してほしいと書状が届いた。極め付けは、茶々(淀の方)からじゃ」

と、これだけは懐から手紙を出します。

「『幼子の誕生を血で汚してくれるな』と・・・。おね(北政所)に書かされたに相違ない」

たとえ北政所さんの差し金でも淀の方の頼みは断れない秀吉さん。北政所さんも旨い作戦を考えました。

「官兵衛、お主を許す。」

ついに秀吉さんからお許しの言葉が。少し悔しそうな三成さん。

「二度とわしの命に背くな!」

「はっ。 されど・・・」

「されど、なんじゃ」

「ただのお許しを頂こうとは思っておりませぬ。本日をもって、隠居のお許しを願い等存じまする。お奉行衆も」

といって平伏しつつ三成さんの顔を見、

「その方が何かとやりやすいかと」

秀吉さん、すっくと立ち上がって官兵衛さんの方に歩み寄り

「如水、水のごとしか。お主らしい名前じゃ。のう、三成」

隠居認めます。

「はい」

と返事した三成さんが何とも邪悪な嬉しそうな顔。

「ワシは、大阪へ帰る。戦はしまいじゃ」

秀吉さん、そう言い捨てて去ります。政敵をついに葬ってニヤリと笑い、秀吉さんに付いていく三成さん。なんと嬉しそうな・・・。

秀吉は多くの兵を朝鮮に残したまま大阪に帰ってしまいました。名護屋城にはもう帰ってこなかったんですね。

生還

奥さんの光さん、息子の熊之介さんのところに帰ってきた如水さん。

初めて坊主頭を見て、生きて帰った喜びも合わせて笑ってしまいます。
熊之介には坊主頭を触らせてあげたりしながら、ついに隠居の身になったことをご報告です。


大阪に帰った秀吉さんは、淀の方と拾さんと戯れます。もちろんその傍らには三成さんも。

一通り愛でてその場を去る秀吉さん、残された三成さんが

「拾君がお生まれになることが分かっていれば、殿下も秀次公の関白の位をお譲りすることもなかったでしょうに」

淀の方は

「私の望みはただ一つ、この子が天下人になること。邪魔立てするものはすべて退けなければなりませぬ」

といって、これまた黒い微笑みを三成さんの方に向けます。

いやまあ、何ともこの淀・三成コンビは黒いですな・・・。


そして官兵衛さんは光さんを連れて、嘆願書を淀の方に書かせた北政所さんにお礼に訪れます。

かつて織田信長さんを裏切った荒木村重さんに幽閉された際、信長さんに預けていた人質(官兵衛さんの長男の現・黒田長政さん)をかくまってくれたのも北政所さん、そして今回も淀の方を動かしてくれたのも北政所さん。

感謝しきれませんという官兵衛さんに北政所さんがお願いしたのは、甥っこで今は関白となっている豊臣秀次のアドバイザーでした。

豊臣秀次は、豊臣秀吉のお姉さんの子供です。北政所の甥ではなく、豊臣秀吉の血縁者です。この実の甥の秀次さんがどうなってしまうのかというと・・・。という話なんですね。

秀次

京都の聚楽第にその人はいました。豊臣秀次さん。

「叔父上は拾が生まれてから、わしへの物言いが変わった。

わしは関白じゃ。この国を立派に治めたいと思っておる。だが叔父上は、拾が元服した暁には天下人に、とお思いなのである。どうすればよい?」

官兵衛さんは確認します。

「いずれ関白の座を拾君にお譲りすることに依存はおありでしょうか?」

「むろん、依存などない」

「ならばそれを太閤殿下にお伝えし、ご安心していただくのでございます。」

「しかし・・・。口約束だけでは信じていただけるかどうか」

「某に考えがございます」


@大阪城。

秀次さんの「野心」について心配する三成さんに秀吉さんが言います。

「秀次はこのわしの気持ちがわからん男ではない。そもそもこのわしが譲ってやった天下じゃ。拾が生まれたからには、いずれ関白の座を返上するであろう」

「さて、そうなりましょうか」

三成さん、先だっての淀の方の言葉が気になってしょうがないご様子。

「秀次公には今年4つになるご嫡男、仙千代丸様がいらっしゃいます。

我が子が可愛いのは誰もが同じ。太閤殿下が拾君に後を継がせたいと思われるように、秀次公もいずれ、ご自分のお子に継がせたいと思うようになるやもしれません。」

秀吉さん、真に受けて難しい顔をしてしまいます。

なんかもう、政治的な部分は三成さんの言うがままになりそうな感じですね。

そこに秀次さんから手紙が届きます。

なんでも2歳になる秀次さんの娘さんを、生後2か月の拾さんの嫁にしたい、とかなんとか。

先手を打ってきた秀次さん(=官兵衛さん)のやり方がちょっと気に入った秀吉さん、その婚礼を認めました。

これで秀次さんの座が安泰になった・・・かな?

撤収

1594年(文禄三年)夏、挑戦から黒田家臣団が帰国しました。みんなお疲れ様・・・。

「2年あまりの勤め、大義である」

と官兵衛さんが言えば

「こうして皆が顔をそろえられることは喜ばしいことにございます」

と長政さんが帰還のご挨拶。

重臣の母里太兵衛さんが

「男っぷりが上がりましたな」

と坊主になった如水さんをからかいます。

そして昼から宴会を・・・。虎の皮を弟の熊之介さんに見せて虎退治の武勇伝を話して聞かせる長政さん。

そんなこんなで酒の席ですから、酔った勢いで太閤批判・三成批判も飛び出たりして・・・。

「大殿が天下人になるべきじゃ!」

と善助さんが叫んだり、太兵衛さんがガンガン飲んだり・・・。まあ無礼講ということで楽しく飲んでるんですね。秀吉さんの忍者とか、いなかったのかな?

山、動く

この時一番機を見るに敏だった男は誰かと言えば、それは徳川家康さんしかいないわけです。

で、家康さんはまだ朝鮮に残っている加藤清正さんを除く、福島正則さんと長政さんを呼び寄せ、労いの宴を開きます。

反三成派の懐柔なんでしょうね。招かれた本人は気づいていないかもしれませんんが。

「わしは朝鮮へ行くことはなかったので、今宵はかの地の話をじっくりお聞かせ願いたい」

とうまく若い武将の感想や不満を語らせ、石田三成をはじめとする奉行衆の批判、恩賞の差別の怒りを聞き出します。

「それにしても、黒田殿はご苦労続きでござるなあ」

家康さんの家臣(榊原康政さん)が言えば

「われらのような戦場育ちの者は石田三成のようなものとは肌が合いませぬ。

殿も、黒田さま、加藤さま、福島さまに親しみを覚えると、いつも仰せにございます。」

と、もう一人の家臣(井伊直政さん)も同調します。

この演出のうまいところは、家康が直に「親しみを持つ」と言わないところなんですよね。家康はドラマの中で、秀吉批判、三成批判を一言もしていません。しているのは周囲の人たちばかりです。こういう「立ち回り」が上手だったということが描かれているのですが、これに気づいてあげたいところ。

そんな言葉に長政さんは感動。

ようやく口を開いた家康さんの言葉は、

「わけても長政どのは、他人のような気がせん。わしも幼き頃人質となり、織田家・今川家をたらいまわしにされてきた。危うい目に遭うたのも一度や二度ではない。お主と同じじゃ。お主が信長公に成敗されそうになったときは、他人事とは思えなんだ。

あの辛さは、人質になったものでなければ、わからん」

と、長政さんに共感する言葉。うん。狸おやじですね。

長政さん、ころっと取り込まれております。


聚楽第では秀次さんが如水さんと将棋を指しながら身の振り方について話しています。今のところうまくいってるようで。

如水さんが将棋に負けたところで

「官兵衛、お主わざと負けたのではないか?」

と秀次さんが如水さんは

「太閤殿下であればそのようなことは聞かずに、勝ったことに大喜びされます。それが天下人の器というもの。仕えるものの顔色を窺ってはいけませぬ。」

お、これは如水さんのパパがかつて小寺の殿と囲碁を打っていたあたりの事例を思い出すシーンですね。

そういうもんか・・・と思いながら秀次さん、ワシの力で関白になったのではない。すべて叔父上のおかげでなったもの。真の力を手に入れたいのだ、と如水さんに青年らしい抱負を述べます。

でも、それはだめらしくて。

「そのようにお考えになること、殿下はお喜びになりましょうか。」

と秀次さんを諌めます。

疑念

大阪城。

淀の方が秀吉さんに

「(拾は)天下人になれましょうか?」

と心配げに尋ねます。秀吉さんが

「案ずるな。秀次はわかっておる。そのために、秀次の娘と縁組を決めたんじゃ」

と答えますが、淀の方は心配が切れません。

「秀次さまは、お若うございます。殿下のお目が黒いうちはよろしいでしょう。されど・・・」

「このわしが、死んでからということか・・・」

淀の方、それ以上は答えずにそっぽを向いてしまいます。

その視線がどこを向いていたのかは分かりませんが、シーンが変わってニヤリとしていたのは三成さん。

ここでも三成さんがいろいろ策をめぐらせて、秀次排斥に動いているんですね・・・。


翌・文禄四年(1595年)、秀次さんの元に秀吉さんの奉行衆がやってきました。「何用じゃ?」と秀次さんが訊いたところで怪しい空気を残したままシーン転換・・・。

黒田家でのんびりしている如水さんに井上九郎右衛門さんが報告したところによると

「関白殿下(秀次)様に、ご謀反の疑いがあるとのことでございます」。

おいおいおいおいおいおいおいおい。

官兵衛さんが「また、はめられたか・・・?」という表情をしたところでこの会は終了です。

次週「殺生関白」が誕生しちゃうのかな・・・

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