黒田官兵衛

【 #軍師官兵衛 】第42話 詭計

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長男・鶴松さんの早世でやけになり、無謀な朝鮮出兵を決めた豊臣秀吉さん。それに反対しつつも、日本のために働こうとする黒田官兵衛さんの気重なセリフで短いオープニング。

太閤・秀吉

秀吉さんの甥にあたる豊臣秀次さんが、天正19年(1591年)12月28日に関白になりました。このタイミングで秀吉さんは関白から「太閤」といわれる位に変わりました。

「太閤」という位は、摂政や関白を自分の子供などに譲った人の事を言います。豊臣秀吉が太閤として親しまれているのは主にこのあたりからのくらいの事を言っています。いろいろな経緯を考えると、呼び名として親しまれている「太閤」時代の秀吉は個人的には魅力的に映らないのですけれどね・・・。

甥に譲ったのは、嫡男・鶴松が早世したことで世継ぎの見込みが薄くなったからだと思われます。

淀の方は引き続き、鶴松さんを失ったショックで沈み込んでおります。

肥前・名護屋

官兵衛さんは肥前(佐賀県)の名護屋に城を建てました。朝鮮出兵の前線の基地になるところです。秀吉さんの趣味に合わせて内装は金箔でキレイキレイ。

そこへ見分にやってきた秀吉さんの御奉行の石田三成さんと増田長盛さん。一瞥して労いの言葉をかけることもなく、秀吉さんのスケジュールと対応、黒田家への指示をするだけです。

「黒田殿は此度の出兵に、しきりに異を唱えておられましたな。某は殿下の名代の奉行として、黒田が本心から働くか、しかと見極める所存でござる」

最高の憎まれ口です。

「なんだあれは!」

と憤る官兵衛さんの長男・黒田長政さんですが、官兵衛さんはそれを軽く制します。

老害

大阪で落ち込む淀の方を「茶々、茶々」と心配する秀吉さんですが、間もなく肥前・名護屋に行かなければなりません。

「私も連れて行ってくださいませ」

と無表情でお願いする淀君さんに、様々な土地の名所を見せたり名物を食べさせる約束をする秀吉さん。老害の境地に至っております。

それでも

「殿下・・・私はまだ、若うございます(だからもう一人産めるように頑張りましょう?)」

と、秀吉さんの胸に顔をうずめる淀の方でした。

出陣前

3月。肥前・名護屋城で主だった武将が集まりました。

司会進行は今回の挑戦出兵の総大将・宇喜多秀家さん。
序盤で官兵衛さんを悩ませた梟雄・備前(岡山)の(陣内孝則さんが演じていた)宇喜多直家さんの長男です。大きくなりましたなあ。

秀吉さんを待たずに船を出す(朝鮮へ入る)こととなったそうです。

奉行の三成さん「先陣は、小西行長どの。次いで、加藤清正どの」。

ニヤリとする行長さん。「お待ちくだされ総大将!」とさっそく異を唱える清正さん。でも怒った目つきで睨むのは三成さんの方です。

何となく三成・行長ラインvs清正の構図。

「先方は某にお任せを」

清正さんが言うと行長さんが

「殿下のお決めになった陣立てにご不満か?」

と切り返します。

「薬屋上がりに大戦の先鋒など務まらぬ!」

と清正さんに加勢したのは福島正則さん。

三成・行長vs清正・正則。

「福島どの。かくいう私も目薬屋の出だ」

といって場を制した官兵衛さん、「今は内輪でもめている場合ではない」と場を制しつつ

「どうだろう、ここは小西殿・加藤殿が一日交代で先手(先鋒)を務めることにしてはどうかな」

と提案します。

反論しかけた三成さんに先んじて「黒田どのの申される通りじゃ」と立ち上がったのは、これも重鎮的な役割の小早川隆景さん。毛利家の頭脳です。

「味方同士がいがみ合って勝てる戦ではない。宇喜多殿、お下知を。」

秀家さん、決断します。

「先手は一日交代とする」。

清正・正則ラインは納得。三成・行長ラインは不服気に承知です。三成さんは官兵衛さんの方を恨めしそうに見つめます。

「これでは誰が総大将かわからぬ!」と長盛さんに話す三成さん。長盛さんは奉行仲間の三成派で「宇喜多殿は若い。結局は黒田殿頼みじゃ」。

「これ以上余計な口出しはさせぬ・・・断じて」

三成さんの目に邪悪な闘志が燃えはじめました。

侵攻

4月。いよいよ出兵(文禄の役)ですが海が荒れています。この先を暗示しているかのようです。15万8千の軍は、朝鮮半島の南東・釜山にまず到着しました。
そこから北西に向かい、目指すは朝鮮半島中ほど・西の海岸近くにある首都・漢城です。

豊臣軍の兵士は戦国時代であったことからも実戦経験が豊富で、また鉄砲を内製できていたこともあり火力に優れ、朝鮮軍を圧倒します。


豊臣軍が快進撃を続けているころ、肥前・名護屋城では秀吉さんが徳川家康さんを饗応。傍らには官兵衛さんもいます。

「徳川どの、朝鮮攻めは旨く行っておりますぞ。無謀な戦と異を唱えるものもおったが、蓋を開けたら、存外たやすいことであった」

秀吉さん御機嫌です。

そこの「殿下、吉報にございまする」と入ってきたのが三成さん。

なんと、5月3日に漢城を落としたということでした!

「漢城にいた朝鮮の王はどうした?」

と官兵衛さんが聞いたところ

「都をすてて逃げ出したとのことにございます」と三成さん。

「このまま一気に明を征服じゃ!」と気楽に大きなことを言ってる秀吉さんですが、官兵衛さんの思考は別。

「王を逃がしたか・・・」

「いよいよこのわしが、海を渡るときが来たようじゃのう」

秀吉さんは意気揚々です。それに口をはさんだのは家康さんでした。家康さんの目線は官兵衛さんに向いています。

「殿下のご出馬とあらば日の本はがら空きになって今います。しかもあのあたりの海は6、7月には荒れて危のうござる。ここは総大将の宇喜多殿に任せて様子を見てからでも遅くはないかと。」

宇喜多秀家さんは総大将だけに控えていて、対馬あたりで待機しているはずなんですよね。

官兵衛さんもそこに相乗りします。

「殿下、某を朝鮮へお遣わしください。王が生きているうちはいずれ巻き返しを図ってくるでしょう。それに備え、陣容を整え直さねばなりませぬ」

おっと、三成さんも動きました。

「某もまいりまする。戦場の様(さま)をこの目で確かめ、正しく殿下にお伝えいたしまする」

喜ぶ秀吉さんですが、三成さんの魂胆はミエミエですねえ・・・。

深夜、三成さんは淀の方に朝鮮行をご報告。淀の方は三成さんに「お世継ぎを産んでみせまする。これは、私の戦」と宣言します。

淀の方-三成・長盛vs北政所-清正・正則・長政

こんな勢力争いの図が本当にはっきりしてきました。もっとも三成さんの目下の「敵」は、軍師・黒田官兵衛さんなのですがね。千利休はいない、豊臣秀長もいない。三成さんが恐れる「古老」は官兵衛さんしかいないんですよ。

朝鮮侵攻軍の現状

朝鮮に渡った官兵衛さん。黒田軍を訪れましたが、連戦連勝という事前情報の割には兵はずいぶん疲れ切っているようでして。
近くの農民を読んで地理を聞いていますが情報もいまいち。

士気が上がっているようには見えない軍ですね。

「当初は破竹の勢いだったのですが各地で敵が巻き返しを強めております」

長政さんがボソッとつぶやきました。

兵糧が乏しくなっていること、敵の水軍が強くて食料の補給が出来ていないこと、疫病がはやっていること。不安要素ばかりが強く、想像以上にひどい状況なんですね。


さて、漢城の日本軍本陣です。ここで主だった武将が集まり評定を開いています。

「全軍、漢城に集まり、守りを固めるべきでござる」

と守備を第一に考えているのが官兵衛さん。隆景さんも同調します。

行長さんは「わしはそうは思わん。一気に明へ攻め込むべきだと思います!」

「明を侮ってはならぬ。まずは守りを固め、敵の出方を伺う」

官兵衛さんが言いますが、行長さんは「生ぬるい!」と聞く耳を持ちません。

と、この場に清正さんが居ないことについて「どこのおられまする?」と聞いたのは三成さん。

朝鮮国の王子を生け捕りにするべく北へ向かっているそうで、行長さんは「また抜け駆けじゃ」と渋い顔。

「石田殿、兵糧が一向に届きませんが。どうなっているのでござるか」

と現状の困ったところを伝えた長政さんに対して

「今、水軍を立て直しているところで、今しばらくお待ちいただきたい」

と冷たく返す三成さん。

兵糧届かないのに攻めろってのは、現場からしたら無理な話ですよね・・・。

現場の武将からは「貴殿は何しに来た!」と言われてしまいますが、

「某、皆様のお働きを見極めにまいりました」

おお、自分は何もしないけれど逐一秀吉さんに報告しちゃうよ!宣言です。これはいかにも「嫌ってください」という宣言にほかなりません(笑)

各武将の働きを見る「戦目付」と、現場の武将の間ではいろいろ空気感の違うところがあります。時代は違っても、サラリーマンでも似たようなことはあるでしょう。

このドラマの中でも、播磨攻めをしている最中に荒木村重が戦目付にいろいろ苛められてた描写もありましたよね。こうしてみると、大きくは現場を重視して、目付役を悪役に仕立てている作りなのかもしれませんね。

頭を冷やすため、ここでいったん評定は解散。栗山善助さんは官兵衛さんに「皆の心がバラバラとは・・・」。官兵衛さんは「この戦には大義がないからじゃ。このままではまずい。わしはいったん名護屋へ帰る。下手をすると日本国が滅びるぞ」。危機感たっぷりで戦場を後にする官兵衛さんです。

大政所、死去

肥前・名護屋に帰った官兵衛さんですが、秀吉さんには会えませんでした。家康さんとその家臣から秀吉さんの生母・大政所が亡くなったということを聞きます。大阪へ帰ってしまったんですね。

それを聞いた官兵衛さんは苦い、憤った顔です。

「朝鮮の様子は、どうじゃ」

家康さんが聞きます。

「軍にまとまりがございません。兵糧は尽きかけ、危のうござる」

「やはり無謀な戦であったか」。家康さんが語り掛けます。

「お身内の大事は分かりますが、海の向こうでは十数万の兵が難渋しておる!某が大阪にまいり、説いてまいる!」

官兵衛さん焦ります。

「今何を申し上げても無駄じゃ。殿下が夢から覚めるのを待つしかあるまい」

家康さんは達観。しかしこの瞬間の秀吉さんは、ほんと罪なことしかしてませんね。

悪化

文禄2年(1593年)、朝鮮での戦況はさらに悪化していました。小西行長さんも敗戦に敗戦を傘ね、ほうほうの体で逃げ帰ってきます。
1万5千の兵が明軍の兵で半分まで減らされてしまったそうな・・・。

「官兵衛様のおっしゃる通り、漢城で守りを固めるべきであった」と血涙を流さんばかりの悔しがりよう。

今やなかなかの将になっている長政さん、

「漢城まで戻って兵をまとめ、敵を討つと秀家さまに伝えよ」

と後藤又兵衛さんに指示を出します。

吉報?

色々終えて名護屋城に戻ってきた秀吉さん。能を舞ったりしながら無責任に楽しんでいますが、ここで淀の方から衝撃の報告を!

第2子の懐妊です。

ご機嫌な秀吉さんが、頭を下げて待つ官兵衛さん・奉行の浅野長吉さんの元にやってきます。

浅野長吉は織田信長の家臣だった人で、その後秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは家康に付いたという形で戦国時代を乗り切った一人です。秀吉政権では主に東北の武将を取りまとめる役割に当たっていました。晩年は長政となのり、この名前は名乗っている時期は短いものの有名だったかもしれません。

ドラマ中では「長政」は黒田長政もいるため、分かりやすく長吉とするのかもしれませんね。このブログでも長吉と表記します。

朝鮮出兵では秀吉を諌めつつも武功を挙げ、武士としての面目も施しています。

嫡流ではありませんが、長吉の孫のそのまた孫が、忠臣蔵で有名な赤穂藩の浅野内匠頭です。

官兵衛さん・長吉さんに淀の方の懐妊を長々と報告します。「捨」と名付けて早世してしまった鶴松さんの二の舞にならぬよう、「拾」(ひろい)と名付けるそうで。 この人がのちの豊臣秀頼になります。

一通り上機嫌で報告した後、秀吉さんは朝鮮の現状を聞きます。

一度は楽々制して、その先まで伸ばしていた漢城ですが、現在はそこまで兵を引いていること。さらに苦戦していること。

「かくなる上は、和睦を図るほかはございません」

官兵衛さんのコメントに秀吉さんの目つきが変わります。

兵糧も尽きかけているうえに制海権は朝鮮軍に取られ、陸路も一揆に悩まされている、と長吉さんもご報告。

「ひどい有様でございます。」

官兵衛さんが頭を下げると、案外秀吉さん簡単に「あいわかった。官兵衛、お主に任せる」と指示。

淀の方の懐妊で戦争の指示が甘くなる。これももうダメ人間の状態ですねえ・・・。

和睦

再び朝鮮にわたった官兵衛さん。でも秀吉さんの内示した和睦の条件は、明や朝鮮から合意を得るには程遠いものだったそうな。

まずは黒田の軍に入って幹部を労い、和睦に向かって進むことを報告した官兵衛さん。黒田軍もようやく先が見えたと、少し安心した様子です。ホームシックにもかかっているみたいですね。

そこに現れたのが小西行長さん。官兵衛さんと二人で会話します。

明との和睦の折衝を任されたのが行長さんだったのですね。秀吉さんの条件が無茶すぎる、という相談です。

そりゃそうです。

・明国の王女を我が国の朝廷に嫁がせよ
・朝鮮の半分を割譲せよ

こんな条件、無理やり戦をしかけられて、しかも十分に押し返している今、飲めるはずがありません。

官兵衛さん「手はある」と覚悟を決めます。「申し状を見せねば良い」と書類をたき火にくべてしまいます。

「殿下を欺くのでござますか!?」

と驚がくする行長さんに

「ほかに道はない。とにかくこの無謀な戦を終わらせなければならぬ。このこと、他言無用」

と官兵衛さん、行長さんに言い含めます。


そして評定。

「今やこの国の民からも敵とみなされておる!」

と発言する官兵衛さんに同調するのは隆景さん。兵糧はずっとずっと足りないままなんですね。

「和睦を進める以上、漢城に居る意味はない。すぐに釜山に兵を引く!」

という官兵衛さんに異議を唱えたのが三成さん。

「殿下から、何があっても漢城を守れという指示を受けておりまする。離れるわけには参りませぬ。」

「当地のありさまをお伝えすれば、殿下もおわかりいただける」

官兵衛さんが答えると

「殿下の命に背くおつもりか」

と長盛さんが食って掛かります。が、

「殿下の命を守って、皆に討死せよと申されるか!」

官兵衛さんの一言はとても重いですね。次いで

「ここは総大将の、宇喜多秀家様にご決断を仰ごう」

秀家さん、ここでも釜山までの撤退を決意します。


評定が終わって解散と相成ったとき、長盛さんは三成さんに話をします。

「この一年の戦が何もならなかったとき、我ら奉行が殿下からお咎めを受けることになるぞ・・・」

三成さん、一計を案じることになりました。

三成さんが官兵衛さんに声をかけます。

「黒田殿、我ら奉行集は一足先に名護屋に帰りまする。黒田殿にもご同行いただきたい。此度の成り行き、殿下にしかと解き明かしていただきたい。これは、軍師・黒田官兵衛殿にしかできないお役目でござる!」

官兵衛さんも秀吉さんへの報告の必要性を感じたのか

「わかった」と返事をします。

詭計

名護屋で秀吉さんに謁見する官兵衛さん。三成さん・長盛さんも傍らにいます。

「官兵衛、お主は初めからこの戦、やめることばかり考えておったの。その通りになったということか。しかし、こうまでこのわしの命を蔑ろにするとは、肚に据えかねる」

秀吉さん、いつものようにがなり立てないところにただならぬ怒りを感じます。

「釜山まで兵を引いたことでござりましょうか」

官兵衛さんが答えます。

「そうじゃ。何故、漢城を捨てた?」

「漢城にしがみついていれば、総崩れの恐れがございました。それゆえ、兵を引きました。殿下は、某にお任せするとお命じになられたはず」

「わしの命に背いて良いとは言ってはおらぬ」

この後、秀吉さんからいろいろ身に覚えのないことで官兵衛さんは攻められます。

・奉行衆を蔑ろにしたこと
・三成さんら奉行衆が意見を聞こうとして尋ねたところ囲碁に夢中になって合わなかったこと

秀吉さんの次の一言が最高の怒りを示していました。

「官兵衛、極め付けは今じゃ!ワシは、お主に帰国せよと命じた覚えはない!何故無断で帰ってきた・・・。」

(無断・・・?)

官兵衛さん、傍らにいる三成さんの方を向きます。

「三成・・・わしを陥れるために、ここまでやるか」

氷の表情で目を合わせない三成さん。

朝鮮から一緒に戻って秀吉に申し開きをしてもらいたい、と三成に依頼された官兵衛ですが、いざ戻ってみれば官兵衛が戻ることは秀吉に報告されておらず、無断で帰国した体になっていたということでうすね。

報告にあたり、手順を三成に任せてしまったら見事にはめられたというわけです。

秀吉さんいわく

「官兵衛!貴様誰に向かって口をきいておる!貴様の無礼な態度にこのわしは幾度となく腹を立ててきた。じゃが、それを許したのはおぬしとは長い付き合いゆえじゃ。じゃが、此度の件、さすがにこのわしも堪忍袋の緒が切れた!

この太閤をコケにした罪は重いぞ。当地にて蟄居せよ。覚悟して沙汰を待て!!」

蟄居して沙汰を待て、っていうのは自宅から外に出ないでおとなしくしていなさい。今後については連絡するから、それを待っていなさい!って意味ですね。
石田三成の詭計に、官兵衛さん、ハメられてしましました。

三成さん、廊下で長盛さんに「奉行の罪も擦り付けることができ、黒田を葬りさることができた」と語ります。

朝鮮の黒田軍にも、官兵衛さん蟄居の報は伝わります。さすがにこれは動揺しますよね。

まだ10月にして主人公・黒田官兵衛は切腹させられてしまうのか!?と大ピンチなところで今週は終了です。

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