真田幸村

長引くだけで結論が出ない会議のことを「小田原評定」という

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真田丸大好き!な@odaiji さん曰く、。

本記事を執筆している2016年6月19日。この前の週と今週、堺雅人さん主演のNHKの大河ドラマ「真田丸」では豊臣秀吉が小田原の北条家を滅ぼす戦が描かれています。

歴史物のドラマの楽しみ方の一つは、その歴史に関する別のドラマや映画を見て立体的に楽しむとか、その歴史の故事をしって見識を深めるとかってのがあると思います。「聖地巡礼」もその一つですよね。

真田丸の記事執筆時点で関連する周辺トピックと言えば、大企業のへたくそな会議で結論がなかなか出ない時に使う「小田原評定」。あとは野村萬斎さんが主演の映画「のぼうの城」あたりがあるかな。

その中の「小田原評定」について簡単にご説明します。今はあんまり使ってる人が居ないかも。

※真田丸ネタではいつも言っていますが、いわゆる「通説」と自分の理解に基づいた文章です。最新の研究や、ある一方の視点から見ている歴史の文献とは内容が異なっている可能性があります。

「小田原評定」の使われ方

いやもう辞書系サイトとかで調べて見ればすぐ分かることですが、大体において

・いつまでの結論がでない会議のこと
・長引くだけの会議

みたいな、いわゆる「だめ会議」のこととして説明されています。

良くないたとえですねー。まさに敗者の歴史。

小田原評定とは?

そもそもの小田原評定は、戦国時代に関東の覇者だった北条家が本拠地・小田原で行っていた重臣会議のこと。

北条氏といえば、鎌倉時代の執権だった北条氏と戦国時代の北条氏と、シティーハンターの北条氏を思い浮かべますが、3者はそれぞれ別物です。

小田原評定に出てくる北条氏は戦国時代の北条氏で、5代100年にわたって覇を唱えていました。真田丸で高嶋政伸さんが演じている北条氏政はその第4代で、ドラマの中では「ご隠居」として影響力を持つ役を演じています。

ドラマの中でもさんざん描かれてきましたが、豊臣秀吉の要請に対して北条氏はのらりくらりと対応したあげく徹底抗戦を選びます。いざ戦争になって秀吉に小田原城を囲まれても簡単には降伏しません。

その間に期待の支城や東北の伊達政宗はどんどん陥落・降伏していき、どんどん小田原が孤立していってしまうんです。やがて北条氏は降伏、関東を守っていた100年に終わりを告げ、ここに徳川家康が入ることで、後の江戸時代の基礎を築くことになります。

さてさて。

戦国時代に小田原100年を守り続け、関東に覇を唱えていた訳で、根本的にその運営が悪かったとは思わないんですよね。

単に、豊臣秀吉に滅ぼされた「敗者」だからこそ、何かしら馬鹿にされちゃう要素を見つけられて、ほじられてしまったんじゃないかと個人的には思っています。

北条家は4代でご隠居の氏政と、当代だけれどご隠居の目が怖い氏直が居ましたが、まあドラマの中でもこの二人で抗戦か降伏かで意見を分けていましたし、なかなか北条家としての意思統一が難しかったのでしょうね。

で、その意思統一が遅かった所が敗者の歴史として悪く取られ「小田原評定」=「いつまでも結論の出ない長い会議」として捉えられているのだと思います。

ドラマの中ではそこまで描かれていない

真田丸の時代考証を担っておられる丸島和洋氏のTwitterから「小田原」を拾ってみました。

小田原 FROM:kazumaru_cf - Twitter検索

小田原評定に関しては特に触れられていないこと、またドラマでも小田原評定に関しては一瞬しかでてきておらず、北条側は主に北条氏政・氏直親子と板部岡江雪斎のドラマとして描かれています。きっと真田丸では大きな扱いをされない単語なのでしょう。

もしかしたら20代・30代の世代には伝わらない言葉かもしれませんが、50代60代の人なんかに使うと通じるかもしれません。

「うちの会社、小田原評定ですよね」

っていうといろいろ面倒なので、用法・容量にお気を付けください。

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