黒田官兵衛

【 #軍師官兵衛 】第49話 躍動

更新日:

「お主たちとともに、天下を狙う!」

三人の家老=栗山善助さん、井上九郎右衛門さん、母里太兵衛さんに宣言した我らが黒田如水さん。その天下を狙うタイミングは、すなわち徳川家康さんと石田三成さんが天下分け目の決選を行う、その隙をつくということっでした。

家康さんと三成さんがやりあおうとしているなか、黒田軍では節約して蓄えた金銭を一気に放出して庶民らから志願兵を集め、休息に訓練をして兵力を作り上げています。

というところでオープニングです。このオープニングもこの次で見られなくなるのね・・・。

着々

家康さんが江戸城を出陣したというニュースはほどなくして中津の如水軍にももたらされました。

「思った以上に徳川の進軍が速い」

如水さんが言います。

「三成はどう動きましょう」という家臣の問いに

「三成には奥の手がある・・・」

と如水さんはつぶやきます。奥の手、それは豊臣秀頼さんを担ぎ出すことです。

関ヶ原の戦いはあくまで豊臣家臣の争いでしたが、どちらかが秀頼を担ぎ出せた瞬間、もう片方は逆賊になってしまう危険性があります。上杉征伐のため大阪を留守にした徳川家康の最大の懸案事項はおそらくそこだったでしょう。

また、もし三成が秀頼さんを担ぎ出せたとしたときの対応策を、家康は幾重にも練っていたのではないかと想像します。

秀頼

侍女ときゃっきゃうふふしている秀頼さんの近くで、三成さんは秀頼さんの生母・淀の方に出陣の交渉を。しかし淀君は

「なりませぬ!もしものことがあったらどうす?豊臣が滅びてしまうではないか。家康の思う壺じゃ!」

三成さんも食い下がります。

「秀頼君がご出馬となればお味方の士気があがり、徳川についた豊臣恩顧の大名が我が方になびくは必定!」

「ならぬといったらならぬ!」

淀の方、戦略眼も戦術眼もなし、ですね。まあ秀頼かわいさでしか動いていない方なので致し方ないですが。

淀の方、少し平静を取り戻して

「そなたが大阪に戻ったからには何も心配いらぬのではないか?それとも、幼い秀頼に頼らねばならないほど窮しておるのか?」

「いえ、我らの勝ちに間違いありません」

「ならば、わざわざ秀頼を担ぎ出さずともよかろう」

ここでもし秀頼出馬となれば、関ヶ原の戦いはいろいろ変ったでしょうねえ。

三成さん、大変ご不満ながら

「それがしの短慮にございました」

と淀の方に謝罪します。

「三成、勝利を信じておるぞ」

淀の方はあくまで秀頼を安全地帯に置いたまま勝ちたいということでしたね。

下ごしらえ

美濃の赤坂で、如水さんの嫡男であり黒田家の当主の黒田長政さんは陣を構えていました。そこに現れたのは関ヶ原の戦いで史上最大の寝返りを打って見せた小早川秀秋さんの家老・平岡頼勝さん。豊臣秀吉さんの正妻・北政所さん(おねさん)の紹介だったようです。

「小早川様は、徳川さまにお味方するのは間違いないのだな?」

長政さんが頼勝さんに確認します。

「はい。黒田と小早川は先代の如水さま・隆景さまのころよりゆかり深き間柄。さらに、万事黒田さまを頼れという北政所様の頼りとあれば、ほかに道はありません」

長政さんの家臣・五藤又兵衛さんが質問します。

「ならば、何故徳川さまがお守りしていた伏見城攻めに加わられた?」

「あれはたまたま京に居合わせたため、行きがかり上仕方がなかったのでござりまする」

長政さん・又兵衛さん、まあ疑っています。頼勝さんもそれに気づいていないわけではない・・。

それでも長政さんは、家康さんにはすでに小早川家の意向を伝達済であること、戦に勝った暁には、小早川家には今日の近くに2か国の所領を与えるということです、という伝言を伝えました。

「2か国!かたじけのうございます!」

頼勝さんが驚いて見せます。

その傍ら、怪訝に長政さんの方を見つめる又兵衛さん・・・。狸と狐の化かしあいですね。


豊臣秀吉さんの菩提を弔っている北政所さんにシーンが移りました。

「ほかに、手が無かったのです。どうか首尾よくいきますよう・・・。お前さま、しかと、見守ってください。お前さま・・・おまえさま・・・」


どうもふらふらしている小早川家の調略・念押しに動いているのは北政所さん、長政さんだけなわけがありません。石田側だって、もちろん動きます。

三成さんは秀秋さんにさらにびっくりの恩賞を提案します。

「秀頼君が15になるまで、あなた様は関白におなりいただきます」

関白って、豊臣時代でいえば武士の頭領ですよ。本当は征夷大将軍だけれど、幕府を開かなかった豊臣家では関白が最高位と言っても良いでしょう。

「関白ともなれば朝廷や公家衆のお付き合いで何かと物入りでしょう。今の筑前に加え、播磨一国も小早川様に。ご家老・平岡どのにも近江に10万石、加えて黄金300枚を遣わしましょう」

これはでっかい人参がぶら下がりました。


三成さんは自軍に戻り、首脳陣との会談です。

「やはり敵の調略を受けておった。だが緒戦利で動く輩。飛び切りの利でつったら目の色を変えておったわ」

ああ、両軍からも安く見られている秀秋さん・・・。

大谷芳次さんが石田三成さんに

「信用してはならんぞ。お主はいつも己の知略を頼みすぎる」

「わかっておる」

慎重ではあります。

九州調略

中津の如水陣では書状の山です。如水さんが九州の諸大名にあてたもので、仲間になれば攻めない。仲間に慣れないのであればつぶす、というものだったと思われます。

短期間で九州を制圧するという戦略上、黒田軍の兵士だけで九州を席巻するのはむりな話です。臣従を申し出た大名を生かして使う戦略なのでしょうね

「黒田の強さを見せつけてやれば、脅しでないことがわかろう」

許していくことで兵が兵を呼び、たちまち2万・3万に黒田軍が膨れ上がる・・・。そんな算段です。

「さあ、われらも行くとしよう」

いよいよ如水さんも出陣します。

如水さんは集まった兵に向かって大声で語り掛けます。

「これより始めるは、九州全土を平らげる戦じゃ! まずは豊後! 豊後はもともと大友の領国であった。だが大友義統はかつて朝鮮にて敵を見る前に逃げ出した」

といって集まった兵をリラックスさせ、大友恐れるにたらんという気持ちを植え込みます。

「豊後を召し上げられた臆病者じゃ!その臆病者が!わしの首を取に来るという・・・」

兵士も大爆笑

「敵が何万騎で来ようと、100にひとつも負けることがない! わが行く手を邪魔する大友を退治し、豊後を討ち従え、その勢いをもって九州全土を我が手に納める!」

兵士の士気は最高潮です。

慶長五年9月9日、如水さんはついに動き、福岡から南下して大分県のあたりにある豊後・高田城を攻撃します。

力押しもしつつ降伏も促しつつ。硬軟取り合わせて攻め立てます。

ついに如水陣に高田城主の竹中重利さんの嫡男・重義(しげよし)さんと家老が訪れました。降伏のご相談ですね。

竹中重利は如水の軍師としての師匠筋にあたる竹中半兵衛のいとこであり義理の弟です。しばらくは半兵衛の下に居ましたが半兵衛の死後、非豊臣秀吉の直臣になりました。

さて、どんな交渉が行われるのか・・・。

重義さんの挨拶も終わるか終らないかというタイミングで如水さん、味噌を周囲に塗ったおにぎりをかじりながら

「三成に付くとは。竹中殿もしくじったの。亡き半兵衛どののいとことは思えない浅はかさじゃ。

だが、今からでも遅くはない。このわしに付けば、本領は安堵してしんぜよう」

両手に味噌おにぎりを持っている如水さん。お前らごときの相手など大したものじゃない!というパフォーマンスですね。

「ありがたきお言葉。黒田殿にお味方つかまつる」

と若い子猫のような重義さんが語ります。

「われらはこれから石田方の富来城(とみくじょう)を攻めまする。すぐに、兵を挙げられますよう。」

優しい口調で指示するのは栗山善助さん。

「しばしのご猶予を・・・」

と調整したがる家老に対し机をたたいて如水さんは威嚇します。

「すぐに兵は出せんというか。そのような敵か味方かわからないようなものをわしは打ち捨ててはおかぬ。」

まだおにぎりかじってます。余裕しゃくしゃく。

「今からお主たちの城を攻める。・・・善助!」

「はっ! 馬ひけー!!!」

さすが黒田主従は呼吸がぴったり。

これにはご家老も肝をつぶされます。

「出しまする! すぐ兵を出しまする!お待ちくださいませ!」

とそうそうに自軍に戻りました。

如水さん、ああ時間が勿体ないとばかりに

「さ、先に進むぞ」

と短期での九州制圧を勧めます。

吉弘統幸

そのころ豊後では、旧領を取り戻さんとしている大友義統の元へも、かつての家臣が続々と集まってきていました。大友家は豊後では数百年続いた家柄ですから、たとえ敵前逃亡した弱腰大名の元にも集まるのですね。

その大友軍でいまいちな表情をしているのが吉弘統幸さん。どうやら東軍加担を進言、黒田家との戦も避けるべく発言しているものの認められていないようなのですね。

「殿、今からでも遅くはありません」

と進言をしますが大友家としては再興をしたいわけですからね・・・受け入れられません。
しかしだからと言って退転できないのも義に生きる戦国武将の辛い所。

「お主は以前、黒田の食客(居候、預けられた存在)となっていたそうだな」

大友の殿に言われます。

「以前、黒田の食客」になっていた時期は、大友義統が朝鮮の役で敵前逃亡して秀吉の不興を買い、改易されたからなんですけれどね・・・。

現代で「食客になっていたそうだな」

なんて言われたら、あんたがだらしなくて改易されたからでしょ!って突っ込みたくなるところです。

「情が移ったか!」

「大友家はこの地を400年治めてきた名門!しかしこれでは行く末が心配でなりません」

統幸さんは説得したくて仕方ない。

「如水など恐れるに足らぬわ! 兵はまだまだ増える。負けぬ気がせぬわ!」

説得失敗。

大友軍は一見士気も高いですし、如水軍の城(木付城)を攻めるあたり元気もありますね。その木付城攻めに統幸さんが加わっていることが如水軍にも伝わったようです。

他の武将はどうとでもなかったようですが、統幸さんが加わったニュースだけは如水さん・家老のみなさんは捨て置けなかったようで。とくに、統幸さんが黒田に身を寄せていたころ住まわせてあげた井上九郎右衛門さんは、できれば戦いたくないといった様子です。

「やっかいなことになりましたな」

「あの豪傑が加わったか」

家老たちもこれはちょっと心配。

如水さんは井上九郎右衛門さんを大友軍に対峙させます。

「吉弘が付いているとなれば一国の猶予もならぬ。九郎右衛門、(兵力は)3000で良いな?大友を止めてこい」

東西激突前夜

家康さんは愛知の尾張・清州城に兵を進めていました。そこで家老からの報告で如水さんの挙兵をしった家康さん。

「なにっ?」

石田方の対応は落ち着いて対応していましたが、如水さんの動きは気が気でなりません。

「九州にて石田方を次々に滅ぼすつもりと、長政さまの書状にしたためられております」

如水さんの嫡男の長政さん、奥さんは家康さんの養女です。そして長政さんは家康さんにべったりですから。

家老の井伊直政さんは安心しているかのようですが

「如水め、誰のために働いているのか分かったものではないぞ

油断のならない男じゃ。この騒ぎに乗じて何をしでかすかわからないぞ」

家康さんがこう言うと、直政さんも一つの可能性に気づきます。

「まさか・・・天下を狙っておると?」

家康さん

「長政がこちらにおる限り、当面敵にまわる恐れはあるまいが・・・」

といってこれまでにないいらだちを見せました。このドラマ中、家康さんが誰を一番恐れていたかを示すエピソードですね。


美濃・赤坂の長政さんの陣では、さっそく長政さんの元に井伊直政さんがお邪魔を。

毛利家の重臣・吉川広家さん、小早川秀秋さんの調略状況を共有しています。

長政さん、小早川の陣中に家臣の大久保猪之助さんを送り込んで監視に当たらせるなど抜かりがありません。

「石田方はバラバラ。すでに勝負はついているのではありませぬか?」

家臣の黒田一成さんが話しかけますが、長政さんは安心しません。

「油断するな!調略の手を伸ばしているのは敵も同じだ!」

又兵衛さんが

「殿、九州で大殿(如水さん)が兵を伸ばしておりますが、これをどう見られますか?」

井伊直政さんが帰った後に長政さんに確認します。

一成さんは「九州の石田を攻め我らをお助けくださるのでは?」と楽観的ですが

「わしはそうは思わぬ」というのが又兵衛さん。「大殿は天下を狙っておいでなのでは?」と長政さんに聞きます。幼少期から如水さんに仕えてきた又兵衛さんだから、何か伝わってくるのでしょうね。

同じものが伝わってきているのは長政さん。

「それ以上申すな、又兵衛」

と釘を刺します。外に漏れればあらぬ疑いがかかりますからね。次いで

「黒田の当主はこのわしじゃ。父上がどう動こうが、『黒田』は徳川に懸けたのじゃ」

と言って聞かせました。気にはしておくから、当面は忘れろ、ということですかね。

一騎打ち

如水軍は余裕の戦運びです。そして黒田対大友は石垣原でついに本格激突です。本格激突ということは、九郎右衛門さんと吉弘さんが激突するっていうことですね。

戦の中、一騎打ちを申し込む九郎右衛門さん。

「おお、井上どのか!まっておったぞ!」

一騎打ちの前に最後の交渉をする九郎右衛門さん。

「お主ならわかっておろう・・・。大友に勝ち目はない。降伏なされよ!」

吉弘さんは大友の忠義の士です。情勢はわかっていても

「さて、どうかのう・・・」と言葉を濁します。

双方馬を下ります。吉弘さんは太ももに刺さった弓をおり捨てます。

「もう十分じゃ・・・。命を無駄にしないでくれ・・・」

九郎右衛門さんは心の通じる勇士の友を失いたくないんですね。

吉弘さんは

「相手にとって不足はない! 尋常に勝負!」

とあくまで一騎打ちです。

けがを負っていた吉弘さんですが戦闘の技術は一歩上か・・・。とここにきて足に刺さった弓で力が入らなかったのか、最後の最後で九郎右衛門さんが逆転します。

首に刀を突き付けて「ここまでじゃ」という九郎右衛門さんでしたが

「九郎右衛門どの、お主の家の味噌汁、うまかった。あの一年は誠に楽しかったぞ! お主に討たれるのであれば悔いはない!」

といって、九郎右衛門さんが付きつけた刀をみずから首筋に押し当て、動脈を絶ってしまいました。

途中から目に涙が浮かびまくりの九郎右衛門さん。多くの兵を失ったバカな戦をしている大友と、それに殉じて染んでしまった吉弘さんの選択に、言葉が無い状態です。


戦もひと段落ついた如水陣。敵を打ち破った九郎右衛門さんを如水さんが労います。ガタガタの大友勢は放っておいても降伏するという状況になりました。

その翌日、大友義統は坊主頭・僧侶の恰好になって降伏しました。無駄に家臣を失った時勢の見えない武将の降伏に、九郎右衛門さんは怒りを抑えきれません。普段のクールな九郎右衛門さんにはない熱さで、大友の胸ぐらをつかみ

「吉弘どののような忠臣の言うことを聞いておれば、このようなことにはならなかった!!」

吐き捨てます。

勝どきを上げる如水軍ですが、九郎右衛門さん、このドラマで初めて見せた熱さでしたよ。

西軍一色だった九州は如水が一人で勢力図を塗り替えています。


黒田の女子にも九州での大躍進が伝わってきています。如水さんの奥さん・光さんもとても嬉しそう。

長政さんの奥さんの栄さんは「母上は何故、大殿をお止めなさらないのですか?」と聞きますが、

これまでは領民や家臣を守るための戦。今は思うがままの戦いが出来て、水を得た魚。いや、名前の通り、水の流のごとく好きなことをしているのです。

と理解を示します。

東軍終結

美濃では家康さんが長政さんや福島正則さんを謁見。

敵の主力がこもっている大垣城(岐阜県大垣市のあたり)を攻めようという進言に対して家康さんは、三成さんの居城・佐和山城(琵琶湖畔・東側)を攻めようと思う、と伝えます。でもこれは本心ではないんですよね。

佐和山を攻める構えを見せれば敵が兵を動かす

野戦(平地での戦い)に持ち込む

という算段なのですね。

家康さんは若かりし日に敵である武田信玄にさんざん叩かれて経験を積み、天下をほぼ手中に収めた豊臣秀吉と野戦で戦って勝っているほどの実績の持ち主です。当代一の野戦上手と言ってもおかしくないくらいの腕前です。

家康、佐和山攻め

この情報は三成さんの方にももたらされました。兵のいない佐和山を攻められるのはまずい!という三成さんは焦ります。

頼みにしていた西軍・総大将の毛利輝元さんが動きません。なぜ動かないといえば、大阪城にいる官僚の増田長盛さんに謀反(東軍につく?)の疑いがあるとのことで、秀頼さんの近くにいないといけないということなのですね。どこまでが真実でどこからが方便かは分かりませんが。

「みな様子をうかがっているのだ。我らの優勢を知ればなびく」

これが三成さんの読みで、その優勢を伝えるために、関ヶ原で徳川と一戦交えようとするようです。

このあたりが戦に慣れていない人の判断の限界、だったのかもしれませんね。石田方の小西行長さんも「それしかあるまい!」と乗ってしまっていますが、西軍に如水さんがいたら「野戦は徳川の思う壺です」と諌めたに違いありませんね。

もう、愛知県・岐阜県のあたりに東西の軍勢が集まっている状況です。三成さんは近隣の軍に対して念を押しに行くことにしました。


まずは南宮山(岐阜県大垣市。関ヶ原の東南)に陣を構える吉川軍(東軍に味方しているが三成さんは西軍と思っている)へ。

そこには吉川広家さんだけではなく、西軍のフィクサーである安国寺恵瓊さん(毛利家臣)も居ました。

「吉川様、明日はぜひ先鋒をお願いしたい!」

と三成さんが要望を伝えますが広家さんは

「毛利は宇喜多と同じく大老じゃ。何故大将ではなく先鋒じゃ! 気に入らん。明日は当方、勝手に戦をする」

と三成さんにしてみれば煮え切らないお返事。

恵瓊さんが「必ずわしが説き伏せる」と言います。

毛利家は西軍の総大将だけに、西軍がコければ、毛利の一派である吉川もただではすまない・・・はずですね。。


次いで三成さんは小早川の陣のある松尾山(関ヶ原の南西)へ。

「のろしの合図で徳川本陣をついていただきたい」

と要望すると

「うむ。承知した」

と端的に気のないお返事。

三成さんは落ち込んだ様子で「では、これにて」と。これ以上言いようがないですからね。家老の平岡さんと黒田から派遣されている大久保さんがその様子をじっと見ていました。

小早川の陣を去る三成さん、かつて如水さんに言われたことを思い出します。

「だが(戦いをしかけるのは)やめておくが良い。徳川はすでにお見通しでござる」・・・

その思い出を打ち消すように三成さん

「必ず勝つ。わしが勝たねば、豊臣は滅びる」

と悲壮感たっぷりに独り言ちます。孤独だなー三成さん


北政所さんのゆかりのある武将は黒田長政さん、福島正則さん、小早川秀秋さん。北政所さんは亡き秀吉さんに無事を祈るばかりです。

「お前さま・・・おまえさま・・・」。

関ヶ原

9月20日。東西軍合計20万弱が関ヶ原の東西に集結しました。

東軍8万。西軍10万(ただし寝返りは考慮に入れません)。

黒田家の物見(毛屋 主水さん)が、家康さんの本陣にやってきました。物見が報告するには

「敵の数、2万。多くて3万」

え?

10万は?

「敵は見た目は多くはありますが、戦う気があるのは、石田、宇喜多、大谷、小西くらい。あとは数に入らぬゆえ、多くて3万と申し上げた次第!」

家康さん、毛屋さんに褒美のおにぎり的な何かを手渡します。

「2、3万の的など、一ひねりじゃ」

家康さんは少し余裕が出て来ました。のちの如水さんの事はあるけれど、目先の石田軍は問題なさそう、ということなんですかね。


長政軍では長政さんが戦を前に兵士の前で力強く語ります。

「戦が始まれば、我らが狙うは三成の首だけじゃ。それ以外は目もくれるな!」


そんな関ヶ原の事をしってか知らずか、如水軍は九州を席巻し続けます。輿に乗った如水さんが采配を振るうと、敵兵は逃げまどい、如水軍は進撃を続けます。

この采配を振るうシーン、以前、竹中半兵衛から受け継いだ采配で指揮を執ってほしかったですねえ。個人的な感想ですが。

いよいよ関ヶ原の戦も始まるぞ!というところで今週は終了。

次回、軍師官兵衛、最終回!!!

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