黒田官兵衛

【#軍師官兵衛】 第27話 敵は、本能寺にあり!

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降伏しない備中・高松城の城主・清水宗治さんに対して、やむを得ず攻める決断をした官兵衛さんは、前代未聞の「水攻め」を献策、土のう作りに励んでいます。

農民が土のうを作ったら「結構な値段」で買い取ることで工期の短縮を図ってる官兵衛さん、金額に秀吉さんも驚きつつも戦の前の高ぶりで盛り上がりを見せます。

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高松城は士気高揚

秀吉軍は仰天の水攻めで士気も高揚。「(同じ織田軍の別の軍団長の)柴田さまも明智さまも悔しがるでしょうな!」という家臣のセリフにも秀吉さんは調子にはのらず

「最後は上様(信長さん)にご出馬を願う。毛利ほどの大敵を我らだけで倒してしまったら手柄の縦過ぎじゃ。主君を超える手柄を立ててはならん。我らがお膳立てをして、一番良いところを上様にお取りいただく。さすれば上様の面目も大いに立つ、というものだ」

と、「勝って兜の緒を締めよ」な精神です。この上り調子の頃の秀吉さんは、本当に魅力いっぱい。

饗応失敗

さて、近江の坂本城では、明智光秀さんが料理の打ち合わせを部下としています。

近頃、甲斐の武田家を滅ぼしたこともあって負担が軽くなった徳川家康さんを織田信長さんがもてなすそうでその接待役に命じられ、食材の名産をいろいろ考えているようです。

荒木村重さんの長男と結婚して分かれた光秀さんの娘・倫さんとその後会話しました。

「長年の戦の疲れをいやす良いおりですね」

という娘に

「そんな楽な役目ではない。滞りなく勤め上げなければ・・・」

と光秀さんは重い顔です。家康さんの饗応(接待)には相当なプレッシャーがあったのですね。

家康、登場

安土城には、信長の盟友・徳川家康がやってきました。

このドラマでは初めて登場ですね。「ルビーの指輪」の寺尾聡さんです。
徳川家康は信長より若いんですが、ドラマの後の事を考えてオジサマを選択したんですね。

饗応役は光秀さんの役割でした。

まずは能を馳走しますが、この内容が信長さんは気に入りません。

「なんだこのできの悪さは!」

信長さん、むっとしています。能は途中で中止となりました。役者を下がらせる光秀さんに焦りの表情が見え隠れします。

次に料理が出されました。一緒に食べた家康さんの重臣たちも、口にしては「ん?」という表情をしています。

ここでも信長さんは不機嫌でいらっしゃる・・・。

「光秀、何だこれは。味が薄い」

「京好みの味付けにございますれば」

食器ごと光秀さんになげつけ「徳川どのの味に合わせるのだ。それがおぬしの役目であろう!」

「申し訳ございません・・・直ちに別のものを・・・」

家康さんは助け舟を出します。

「それには及びません。それがし、京の味、気に入りました」

庇っているようで、でもニヤリとしている。家康さんの表情がなんとも読めませんよ・・・。

歴史上の資料では悪臭のする魚を出した、という話が残っているのですが、それに比べるとずいぶん柔らかい表現になっていますね。

畳にこぼれた食材を素手で拾って片づける光秀さん、立場がありません。

マイナス査定

ほかの者を退けて信長さんは家康さんと一献。光秀さんも相伴しています。

「ワシはそのうち世界に出る。そうしたら日の本は家康殿、おぬしに任せる」

「お戯れを。それがしには荷が重うございます」

「ふふふふふ」

笑う信長さんの対面には光秀さんがいますが、全然浮かない顔です。

と、そこに秀吉さんからの手紙が信長さんに届けられます。

「高松城を水攻めだと!? 考えたのはあの男に相違あるまい」

家康さんも情報通です。相応して

「筑前どのの軍師、黒田官兵衛どのでございますか?」

「知っておったか。もはや毛利もこれまで。わしが行って引導を渡してやる。
猿が総仕上げを願い出ておる。わしの天下布武力も近い。」

そして次に、光秀さんにが落胆する一言を。

「光秀、そちもすぐ中国攻めに加われ。ワシが行くまで、秀吉を助けよ」

「いや、しかし・・・(徳川どのの饗応は?)」

「徳川どののお相手はほかの者に任せる」

あーあー、饗応役にダメだしされ、軍団長としては屈辱の、他の軍団長のヘルパーを命じられてしまいました。
これは光秀さん、大ショックです。

又兵衛帰参

姫路では、光さんが熊之介君を抱きかかえてあやしています。
そこに現れたのは、大きくなった又兵衛。挨拶にやってきたんですね。

又兵衛は、元の黒田の主君筋・小寺家が黒田家を見限った折に、小寺側に付いたんですね。当主である又兵衛の叔父が小寺についたため、仕方なかったはずですが、又兵衛自身はとてもそのことを悔いています。

播磨中を転々としていたという又兵衛さん、黒田を見限り小寺になびいたことをなくなった叔父と共に悔いており、恥を忍んで謝りに来たそうです。

官兵衛パパは寛容な心で又兵衛を許します。そして光さんも、ここに居ればよい、と又兵衛に声をかけます。
殿も私をお許しにならないでしょう、という又兵衛に

「殿は、小寺政職どのですらお許しになったのですよ。あなたを許さないはずがありません。」

さらに光さんのダメ押し

お前は、二度も母を捨てるのですか?昔も今も、お前は私の息子なのですよ」

で又兵衛、陥落。

又兵衛帰参の報は高松城で堤の工事をしている長政さんの元にも届き、活気がさらにみなぎってきました。

水攻め開始

そして、いよいよ堤が完成。普請開始からわずか12日の速さで作ってしまいましたね。

ほら貝の合図とともに、上流の川の堰が切って落とされます。濁流がごうと流れ、あっという間に高松城の周囲が水に埋まります。

慌てる高松城下。領民は食糧を高いところに上げようとし、兵士もそれを手伝います。

床上浸水しかけている城下を見て清水宗治さんも「これが黒田官兵衛の策か・・・」と、関心とも感嘆ともいえない、あっけにとられた表情。

交渉

猿掛城の毛利家本陣では毛利の重臣たちが協議を重ねます。毛利本体は全くの無傷なのですが、重要な戦線である備中・高松城が破られると一気に攻め込まれる可能性を危惧しています。

そして毛利家の外交僧・安国寺恵瓊が秀吉陣にやってきます。恵瓊さんの用向きは、

「よもや水攻めとは・・・。和睦したいと輝元公は仰せです」。

官兵衛さん「条件は?」

恵瓊さん「備中をお譲りいたす。その代り、高松城の将兵をお救い願いたい!」

秀吉さん「備中一国? それでは話にならん」

官兵衛さん「間もなく信長公が出陣になり、御自ら采配を振るい、毛利を滅ぼすおつもりです。その信長公に得心していただくには、よほどのことがなければ・・・。備中一国では、毛利の滅亡は避けられませぬ!」

安国寺恵瓊さん、思案します。このシーン、大変短いのですが毛利の外交を一手に任されていた頭脳がブンブン回転してしたことでしょう。出た結果が・・・。

「5か国」。

「以前官兵衛どのが申していた5か国、それを織田に譲る、それでいかがか」

劣勢の交渉なのですがぎりぎりまで強気を出し、折れない。
この交渉の気持ちは見習わなければなりません。

官兵衛さん「それは、恵瓊殿の一存か?(毛利の許可を得ての言葉か?)」

恵瓊さん「吉川・小早川は、私が説き伏せます」

おいおい、輝元公は私が説き伏せます、とは言わないのか、というのは言いっこなしよ、ということです。
毛利家は、先代の毛利元就の子供が3人いました。長兄・隆元、次男・元春、三男・隆景です。隆元が後を継ぐ予定でしたが早世したため、隆元の長男である輝元が毛利家の当主なんですね。元春、隆景は輝元の叔父で力量も優れるのですが、傍流ということになります。

武将としての経験・実績・人望のある次男の(吉川)元春、三男の(小早川)隆景が毛利を切り盛りしているというのが現状です。

それだけでは足りん、というのは秀吉さんです。

「『我らが勝ったという証』がいる」。

恵瓊さん「清水宗治の首でござるか?」

秀吉さん「城主の首がなければわが主は得心せぬ」

恵瓊さん「それだけは、小早川殿が応じますまい」

両手を床につき

「改めて宗治は、助けていただけませんか」

と恵瓊さん、頭を下げます。

官兵衛、毛利軍を訪れる

さて、黒田官兵衛が毛利軍に乗り込みます。目的は小早川隆景さん。初対面です。

供一人で敵陣に乗り込んでくるとは・・・と隆景さんも感心します。

官兵衛さんは直に小早川隆景さんにお伝えしたいことがありまして訪れました。

「ワシは毛利の総大将ではないぞ。」

「しかし、毛利を動かしているのは、小早川様・恵瓊殿。」

情勢は官兵衛さんも熟知していますね。

「単刀直入に行こう」、と隆景さん。

「恵瓊殿は5か国を譲ると申されましたが、それは小早川様はご承知でしょうか?」

「5か国じゃと?」と隆景さんは恵瓊さんの方を向きます。恵瓊さんはそれに答えて「もはや、それしか道はございませぬ」。

まあ、普通は事前に打ち合わせしているからここで「聞いてないぞ?」って展開は無いのでしょうが、ドラマの演出ということで、ね。

「わかった、それで済むなら輝元と兄・元春は私が説き伏せよう」

と、ここまでは前のシーンで秀吉さんと恵瓊さんが話した通りの内容。ここからが、官兵衛さんがわざわざ夜に毛利軍を訪れた理由となります。

助けたい清水宗治、確かろうとしない清水宗治

官兵衛さん「さすが小早川殿でござる。さらに上様は、清水宗治どのの首をご所望でございます」

隆景さん「それはならん!そんなことをしたら毛利は信用をなくしいずれ滅びる。それだけは断じて飲めん!」
ここは隆景さん、譲れません。

確かにドラマの中でも備中7城の城主に刀を授けるシーンも描いており、毛利(小早川)と清水の結びつきに付いては厚めに語っていたと思います。
軍師官兵衛、結構「忠義」についてフォーカスが当たってる意識がありますね

官兵衛さんが意外な一言を発します。

それがしも清水さまを助けとうございます。そのために参りました!」

さて、どんな策を考えているのでしょうか・・・


恵瓊さんが水攻めを受けている高松城・清水宗治さんの元にやってきました。
そこで恵瓊さんが宗治さんに伝えたことは「織田に寝返りなされ。今織田に寝返ればあなたの命が救われます。これは小早川様と官兵衛どのが話し合って決めたこと」。

宗治さん「和議の邪魔立てをするつもりはございませぬ。ワシが死んだのちに、和議を結べばよいでしょう」

「隆景さまに、命を捨てて城をお守り申し上げると申し上げ、それに替えて隆景さまはこの太刀を下された。今更命は惜しくない。寝返りはせん。それでは筋がとおらぬゆえにな・・・。」

なんという男義というか頑固というか。交渉に来た恵瓊さんもギブアップです。

これまでの軍師官兵衛を振り返っても

  • 毀誉褒貶の小寺
  • 大事なところで大きく裏切った荒木
  • 幽閉されても裏切らなかった黒田
  • そして助命の可能性を拒否してまでも毛利に殉じる清水

この人物の描き方を意識して見るドラマなのかもしれません。

もう少ししたら、もう一人比較対象が追加になりますけれどね。

宗治さんが寝返ることを聞いた秀吉さん、もはや和睦が難しくなってしまった。
「光秀は近々丹波・亀山を出陣し、そののちに上様が出陣する。毛利との決戦じゃ!」

秀吉さんが言います。

(毛利家を滅ぼしてしまうと主だった)毛利の優れた人材(を殺してしまうこと)が惜しい、という官兵衛さんですが、それも致し方ないですね。

それだけはなりませぬ!

さて、京では吉田兼和(兼見)さんが悩んでいます。

「関白太政大臣、征夷大将軍、どれも受けてくれず、帝の御気鬱が続いています・・・。」

と話している相手は、あの明智光秀さんじゃないですか。

「こればかりは何とも・・・・」

という光秀さんに静かに畳みかけます。

「光秀どの、あんたさんのとんでもない噂を耳にしましたよ。」

という吉田さん、何を聞いたのかは、次のシーンで明らかになります。

驚愕

深夜、信長さんの居室を訪れた光秀さん。

「妙な噂を耳にいたしました。我ら明智の、丹波と近江の所領が召し上げられるのではないかと・・・」

「案ずるな」

「では、あれはただの噂・・・?」

「国替えだ。召し上げるわけではない」

「国替え?いかがなことでございますか?」

「毛利を倒し天下布武がなった暁には、ワシはこの国を作りかえる」

「作りかえる・・・いったいどのようになさるおつもりで?」

しばしの沈黙のうち、信長さん。口パクパク。

何か喋りましたが音声が入りませんね・・・。これは放送事故ではなくって、とても不敬なことなのでしょう。あるいは、光秀さんが驚くあまり意識が遠のいた、的な演出なのかもしれません

「なりませぬ!それだけはなりませぬ!」

という光秀さんのいうことに耳も貸さず

「光秀、そちの領国は毛利攻めでの働き次第」

と言って去ってしまいました。

なんとおそろしい・・・

光秀さん、目をひんむいてしまいました。

ここでの光秀の驚愕は二つ

  • 丹波・近江の所領を召し上げられ、領地替えという新しい領地は、今は毛利領であるところを指定されていること
  • 天皇陛下のお立場をどうするか、という話題で想像を絶する考えを聞かされたこと

です。
これらを朝廷から聞いた、というのが本能寺の変の理由と今回のドラマでは表現していますね。

覚悟を決める

京都の愛宕山。光秀さんはお参りに来て柏手を打ちます。

そこでの回想。

光秀さん「いったいどのようになさるおつもりで?」

信長さん「日の本に王は二人もいらん」

これは天皇陛下についてのことを指しているのでしょう。
武家の頭領、公家の頭領。戦国時代の日本には「二つの頭領」がありました。
織田信長が当時の天皇陛下・正親町天皇と「やりあった」記録はいろいろ残っていますが、さすがにNHKさんもここをあけっぴろげに話すことができなかったかもしれませんね。

あ、ドラマのことに付いて書いてるので、僕自身に天皇制についてのコメントを振るのはよしてください。何も語れませんので(笑)

鑑に移った光秀さんの顔が、ある種決意に満ちた表情になっています。

そして「ときはいま あめがしたしる さつきかな

の有名な句が流れます。

この句についての俗説を説明しておきます。

普通に漢字をあてると
時は今 雨が下知る 五月哉
となります。

明智光秀がもともと「土岐源氏」という武家の出だったということから
時=土岐 とひっかけられ、

雨が下知る、というのは
雨が下=天下
知る=支配する
ということに言い換えられます。

ということは、土岐出身の明智光秀が天下を支配する、という決意を詠んだ句だということが言われているんですね。

本当かどうかは墓場に持っていかれてしまいましたけれど。

そしておみくじを引く光秀さん、何度引いても、何度引いても、結果は凶・・・。

最後の夜

信長の居城では風邪をひいた信長さんのお母さんと信長さんの奥さん・濃姫さんとが会話。
我が子を恨んできたお母さんも疲れ、すこし和解に向けて動きたがっていたもようです。

さて、京都の本能寺に入った信長さん、身分の高い公家たちが信長さんにこぞってひれ伏します。

「大義」

もう、公家に対する態度も尊大になってしまってる信長さん。日本の王様の風格です。


光秀軍は丹波・亀山城に集結していました。もう出陣しようというのに光秀さんは書状の準備。
何をしているのですか?という重臣の質問に

「事がなったあとのための書状だ」
「今こそ立つとき。織田信長を撃つ」

静かに重臣に宣言します。


濃姫様は、毛利との戦が終わったら富士見物に母上と連れていってください、とおねだりです。信長さんも上機嫌で天下を収めたら幸せな時間が流れることになりそうですね。

「信忠、天下布武がなった暁には、織田のすべてをそちに任せる」

夫婦への挨拶も終わり、信忠さんは二条城に戻っていきます。

敵は、本能寺にあり!

さあ、天正10年6月2日の未明。明智軍は丹波から南下します。南に降りてきているため、右に曲がれば毛利側、左に曲がれば京都の中心地という場所ですが、光秀さんいわく

「我らはこれより、京に向かう。敵は、本能寺にあり!

兵士たち、「おおおおぉぉぉー」とついていきます!

光秀さん、ついに本能寺に攻め入ろうとしてしまいます。

遂に、いよいよ、次回、本能寺の変!!

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