黒田官兵衛

【 #軍師官兵衛 】 第29話 毛利の動向・明智のどうこう

2014/07/27

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本能寺の変後、主要武将が地方に散り散りになっていることを地の利とみる明智光秀さん。
そして本能寺の変を知って泣きわめく秀吉さんに対し

「殿の御運が開かれました!」

と明智光秀討ちを進言する官兵衛さん。

「すべて、この官兵衛にお任せください・・・」

策士・官兵衛さんのにやり顔でオープニング。

策士、組む

前回最終盤の、安国寺恵瓊さんとの交渉を詳細にして再現するシーンから始まります。

かつて恵瓊さんが「毛利と羽柴が手を組めば天下も夢ではない」と言ったのを確認し、

「秀吉様が天下に名乗りをあげる好機が訪れたのでございます」

「織田信長公が亡くなられました・・・。明智光秀の謀反でござる!」

え、こんなトップシークレットを敵の外交僧に語っていいの?という衝撃発言。

その心は「恵瓊殿であれば、おわかりいただけるはず。某(それがし)の一世一代の賭けにございます!」という官兵衛さんのセリフでわかります。

「つまり、織田様が亡くなられたことをこの場(官兵衛さんと恵瓊さん)限りの秘密として和議を結べと・・・」

ここで、黒田官兵衛さんと安国寺恵瓊さんの知恵者二人が同盟を結んだ、ということなんですね。
中国大返しのこれは、ちょっと面白い説を唱えましたね、NHK。

一般的には

・本能寺の変はまず秀吉軍が情報を得た
・毛利軍に情報が漏れないよう徹底的に人を通さないようにした
・毛利軍に漏れる前に急ぎ講和を結んだ。急いで結べるように、講和の条件を緩くした
・撤退した秀吉軍に対し、穏健な毛利の小早川隆景が追撃をしなかった
・備前の宇喜多勢は先代の直家こそ不在だったが兵力はしっかりしていた
・毛利軍が万が一にも追ってこれないように、水攻めでためた水を一気に流して周辺を泥濘化してから、秀吉軍は退却した

あたりの流れで追撃を免れた、という話が多いんですけれどね。今回、軍師官兵衛ではなかなか面白い説を採用してます。

羽柴軍の総意

羽柴の重臣に打ち明けた官兵衛さん、明智光秀を討つことを最優先としてうごかねばなりませんと進言します。秀吉さんの弟の秀長さん、蜂須賀小六さん、石田三成さんらが居城の長浜をどうする?などと話しますが、とにかく最優先は光秀討ちだと。

そこに登場した秀吉さんも織田信長様の敵を討つこと、上様に一番かわいがってもらったのがこの秀吉だから、と決意を新たにします。

ここの秀吉軍、弔い合戦の意識で統一されました。

「黒田軍」の恵瓊さんは清水宗治さんに最後の交渉。宗治さんに腹を切ってもらい、小早川に同盟の理解を求める、という流れになりました。

恵瓊さんが小早川隆景さんに報告している最中、敵陣・毛利軍に黒田官兵衛さんがやってきました。

信長様は京を発ち、備中に向かいました・・・

と、信長さんが出陣したとブラフ(はったり・威嚇)を仕掛け、今この場で和睦するかどうか決めてくれ、すべては天下のためだと説得します。

「清水宗治どのの命が織田と毛利の和の象徴となって、この乱世を終わらせるのです。」

筋が通ってる気もします。信長さんのところが真っ赤な嘘ですけれどね。

小早川さん、官兵衛さんの言を信じました。

大返しの準備

黒田の本陣に戻った官兵衛さん、

秀吉さんが信長の敵を討つ必要がある。
黒田がそれを全面的に助けなければならぬ

ということから、陸路・海路での運搬・沿道への食糧や松明の準備をさせる手はずを整えます。
姫路に先行してその考えを伝える使者の役目は、嫡子・長政さんが立候補しました。長政さん、姫路へ急行。

高松城では、白装束の清水宗治さんが切腹前の舞いを船上で。
それを見つめる羽柴軍・毛利軍。

見事に舞を終えた宗治さんは

「黒田官兵衛! ・・・・  会えて、嬉しかった」と言い残し、腹を切りました。戦国史上珍しいくらいの忠義の男・清水宗治が亡くなりました・・・。

驚報、毛利へ

そんなころ、ようやく毛利軍へ明智光秀さんからの書状が・・・。
本能寺の変のことがついに毛利軍に届きました。

同時期に姫路の黒田家にも同じ報が届きました。姫路城の官兵衛パパは守りを固める指示を出します。そして又兵衛を、高松の官兵衛さんに向けてこのことを知らせに遣わします。

毛利が、気になる

撤退準備をする秀吉軍。官兵衛さんが気になるのは毛利軍がどう動くか、です。秀吉軍に攻め入ってくるのか、和睦ということで引くのか・・・。

逃げる家康

堺からわずかな供回りで伊賀の山中を超える徳川家康さん。
生きて三河に帰り着きましたよ、と無事帰還のご説明。

この時、有名な忍者の服部半蔵と徳川家康は知り合ったとかなんとか。

服部半蔵はその後徳川家康の家臣となります。江戸城(現在の皇居)の近くにある地名・駅名の「半蔵門」は服部半蔵の名前が由来であるといわれています。

光秀、次の一手

さて、安土城に入った明智光秀さんは、信長さんが集めた茶道具を家臣に下げ渡してしまいます。

それぞれが城ひとつの値打ちがあるという名物を分け与えた光秀さん、

「贅を尽くしたこの城(安土城)もいずれこの手で燃やさねばならぬ」

と、古き世に戻す決意を再び。

誤算

琵琶湖の東の方、長浜城や佐和山城を落とした明智勢ですが、頼りにしていた一人・細川藤孝さんは剃髪して細川幽斉と名を改めました。そのことを光秀さんに書面で伝えます。

これは織田信長さんに弔意を示した=明智にはつかない、ということを意味しているのですね。
明智のほころびの開始です。

秀吉の策略

秀吉さんは偽手紙で京都・大阪近辺にいる武将を明智側につかないよう工作を始めます。

「信長様・信忠様は逃げ延び、生きておられる。無事に生き抜いて再起を伺っている」

という内容ですね。真偽を確認しないかぎり、各武将は去就を明らかにはできませんから・・・よい時間稼ぎができるでしょう。

官兵衛さんは毛利との最後の手続き。そして殿(しんがり)を黒田軍が務めると秀吉さんに進言します。

「官兵衛よ、死ぬなよ」

と語る秀吉さんですが、慎重な顔つきをしています。

かつて秀吉も命をかけた殿を務めたことがあったのです。金ヶ崎の撤退というのは織田信長の有名な敗走で、この殿が秀吉でした。殿の厳しさと責任感をよく知ってる秀吉ならではの「死ぬなよ」の一言なんですね。

殿は命がけでもあり、それだけに武士の名誉ともされています。価値あることです。

さて、再び小早川隆景さんの元を訪れた官兵衛さん。毛利家の小早川元総、桂広繁の二名を人質として預かる手続きをしました。

撤退交渉

これより我等は兵を引きます。つきましては、毛利の旗を20本ほどお貸し願いたい・・・。

官兵衛さんが小早川隆景さんへお願いします。

「何のためだ?毛利が織田に味方すると、『明智に』思わせるためか?」

あ、隆景さん知ってるよ・・・

「謀ったな官兵衛!」

隆景さんご立腹です。

不敵に笑う官兵衛さん。

「何、戯れ(たわむれ)を仰せか。ここは戦場でござる。敵方の利となることを口にしなかったまで。

小早川様が某と同じ立場になれば同じことをなさったはず。」

小早川さんも返します。

「おぬしらは今日へ向かうのだろう?それを我らが追えば明智との挟み撃ちになる。そうすればおぬしらは進退窮まるだろう。」

官兵衛さんは強気の交渉。

「追い打ちになさるなら、なさればよい。

・・・わからぬか!今もっとも天下に近いのは、羽柴秀吉様。必ずや天下をお取りいただく!

今ここで事を構え遺恨を残すか、それとも恩を売り、ともに乱世を終わらせるか! 毛利の行く末を選ぶは、あなた様でござる。」

小早川さんの腰が柔らかくなりました。

「官兵衛・・・わしを試すか。

毛利は天下を望んではならぬ。それが亡き父元就の遺訓だ。もとよりわれらには版図を広げる野心はない。羽柴殿と和議を結び本領が安堵された今、大義なきものに付き世を乱すのは毛利にとって何の利もない。」

官兵衛さん「では・・・」

行けっ!一日も早く明智を討て。わしはお主に賭けるっ

ついに小早川隆景さんが独断で毛利の判断を決めました。小早川は小早川で肚をくくったということですね。

去り際に官兵衛さん、
「この恩、忘れませぬ」
と耳打ちして、小早川軍を去ります。

旗を持たせてくれる隆景さん

「去るときには堤の堰(高松城の水攻めをした際に、水が逃げないように作った堰)を切って、我らが追えないようにしておけ。」

お、味なことを言うじゃないですか、隆景さん。

毛利軍は小早川隆景さんと安国寺恵瓊さんが、親羽柴・親黒田として動いてくれることになりましたね。

中国大返しの始まり

6月6日、いよいよ羽柴軍は京都に向けて進軍しました。世にいう中国大返しです。

ちなみに明智光秀が本能寺の変のあと成功しなかったことを指して「三日天下」といいますが、本当に三日しか持たなかったというわけではないんですね。「三日」は、とても短い、という意味であって、実際は9日10日ほどの天下だったようです。

同じ毛利軍の吉川元春のところに京都から密使が来たのがこの後。隆景さんに「なぜ追わぬ!」と攻めますが「清水宗治の死を無駄にするおつもりですか。宗治の死を踏みにじるおつもりか!」と説得します。

ここで吉川元春さんを説得できなければ黒田軍は熾烈な殿の戦をしなければなりません・・・。が、毛利は兵を引きましたっ!

これで黒田も、京都に安心して向かえます。

6月7日、光秀さんが主となっている安土城に勅使が下り、光秀さんは朝廷という後ろ盾を得ました。ここまでは細川藤孝さんがつかなかったこと以外はうまくいっておりましたが・・・。

織田信長が平らにしようとした天下、まだまだ安寧とはいきません。

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